これぞ、王道ファンタジーってやつですねー。たぶん。
飯田沢うま男
第1話 いやー、ロマンですねー。
数々の異世界を渡り歩き、どんな風土、どんな文化の下でも自分のペースを崩さない、“ただの旅人”を自称する男がいる。名はタロー。年齢も素性も、本人が語ることはほとんどなく、分かるのは彼がとにかく「旅を続けている」という事実だけだった。
タローは今日も、どこかの世界のどこかの地で、風に身を任せるように気ままな旅を続けている。大した目的があるわけでもなく、何かを成し遂げようとしているわけでもない。ただ、その世界に足を踏み入れ、そこに流れる空気や匂い、音に触れ、時に人助けをしたり、時に厄介ごとに巻き込まれたりしながら、彼は歩みを止めない。
最近の旅は、少々クセのあるものが多かった。人間に化けたドラゴンを仲間に加えたかと思えば、別の世界では喧騒渦巻く地下闘技場で腕試しをしたりと、いささか“変化球”が続いていた。
「人に化けたドラゴンが仲間とか、地下闘技場とか……そういうのも良いんですけどね。やっぱり、たまには王道も欲しいですねー。」
誰にともなく、空に向かってタローは呟く。その目はどこか遠くを見つめているようで、まるでまだ見ぬ冒険の匂いを嗅ぎ分けているかのようだった。
そして、彼の足は自然と次の世界へと導かれる。白く靄がかかった光の門を抜けて彼が降り立ったのは、剣と魔法が交錯する、まさに“ファンタジーの王道”とも言える世界だった。空には飛竜が舞い、大地には人間、エルフ、ドワーフなど多種多様な種族が肩を並べて暮らしている。街道には行商人の列、酒場からは陽気な笑い声と冒険話が漏れ聞こえてくる。まさに、絵に描いたような冒険譚の舞台だ。
「さてさて、今回はどんな冒険が待ってるんでしょうかねー?私の思った通りの世界だといいんですけどねー。」
肩の力が抜けた調子で独り言を続けながら、タローは街の通りをふらりと歩き始める。彼の手には何も持たれていない。剣も盾も背負っていない。荷物すらほとんどない。旅人としての彼のスタイルは、魔法と体術を武器に、「その場でなんとかする」ことに特化している。予測不能な状況にこそ本領を発揮する性格なのだ。重い装備や立派な武具など、彼にとってはただの足かせでしかない。
そうして気ままに街外れまで歩いたとき、不意に彼の足が止まった。
「むむっ、あれは……」
彼の視線の先、岩肌が剥き出しになった山の中腹に、ぽっかりと口を開けた洞窟が見えた。黒々としたその穴は、昼間だというのに内部の様子がまったく窺えず、まるで別世界へと繋がる入口のようだった。入り口の脇には、年季の入った木製の看板が傾いて立てられており、そこには「危険!モンスター多数」と雑に書き殴られている。
「おやおや、これは王道ファンタジー感が漂ってますねー。『強者求む』とか、そういうノリが始まりそうな雰囲気じゃないですかー?」
タローの顔に自然と笑みが浮かぶ。こういった分かりやすく少し古臭いくらいの仕掛けに、彼の心はなぜか妙に惹かれるのだ。謎めいた遺跡でも、空を割るような神の試練でもない。ただ“モンスターがいるから危険”という、シンプルな設定。だからこそ、何が飛び出してくるのか分からない。そこにこそ冒険の醍醐味がある。
「まぁ、行ってみれば分かるってやつですねー。」
軽く身体をほぐすように肩を回し、洞窟の方へと足を向ける。その足取りは驚くほど軽快で、まるで散歩にでも行くような気楽さだった。しかし、瞳の奥には確かな熱が宿っている。
こうして、タローの新たな冒険が静かに幕を開ける。剣士でもなく、魔導士でもない。“ただの旅人”としての旅は、まだまだ終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます