第38話【第一王女イザベラ視点】愚者の策略と、混沌への賭け
リチャードと、その背後で糸を引く宰相オルダス。あの者たちのやり口は、実に下劣で、そして芸がない。
『災厄の匣』の一件を嗅ぎつけ、それを民衆の恐怖を煽るための道具に使うとは。確かに、短期的には効果的な一手でしょう。セレスフィア・フォン・リンドヴルムは孤立し、大神殿は権威を失墜した。愚かな弟は、これで自分が優位に立ったと悦に入っているに違いない。
だが、あの者たちは、致命的な過ちを犯している。
彼らは、恐怖で民を支配できると信じている。だが、一度恐怖を植え付けられた民衆は、もはや誰の言葉も信じなくなる。それは、国を統べる者にとって、最も避けねばならぬ愚行よ。
離宮の薔薇園で、私は再び、嵐の中心にいる少女と向き合った。
セレスフィア・フォン・リンドヴルム。彼女の顔には憔悴の色が浮かんでいたが、その深い青色の瞳の光は、少しも失われてはいなかった。
「……王女殿下。本日は、どのようなご用件でしょうか」
その声には、僅かな敵意と、それ以上の、覚悟が滲んでいた。
「単刀直入に聞くわ、リンドヴルム嬢。噂は真実? あのスライムは、本当に神殿の封印を解き、呪いをその身に取り込んだの?」
私の問いに、彼女は一瞬唇を噛み、だが、すぐに顔を上げた。
「……はい。ですが、ポヨン様は、呪いを解き放ったのではありません。あの場所にあった強大な力を、自らの内で浄化してくださったのです。ポヨン様は、いつだって、ただ純粋な善意で、私たちを守ろうとしてくれているだけなのです!」
その言葉に、嘘はなかった。
面白い。実に面白いじゃないの。
「ならば、それを証明して見せなさい。言葉ではなく、行動で。この王都の民が、愚かな弟がばらまいた毒に蝕まれる前に」
私は、ティーカップを静かに置いた。
「ヴァルキュリア公爵。近衛騎士団の一部を、彼女に預けるわ。彼女が望むなら、王都のどこへでも、自由に立ち入ることを許可しなさい」
「イザベラ様!? 正気でございますか! この、国を混乱に陥れた魔女に、兵を預けると仰せか!」
公爵が、血相を変えて反対する。
「ええ、正気よ。私は、弟の退屈な策略よりも、この予測不能な混沌に賭けてみることにしたの。……ねえ、セレスフィア・フォン・リンドヴルム。貴女は、この私を失望させないでちょうだいね?」
私の言葉の意味を、彼女は正確に理解しただろう。
これは、最後の好機。そして、失敗すれば全てを失う、危険な賭け。
さあ、見せてごらんなさい。貴女と、あの小さな怪物が、この盤をどうひっくり返すのかを。
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