第10話【第二王子リチャード視点】天翔ける絶好の駒

宰相オルダスから齎された報告に、俺は思わず口元が綻ぶのを禁じ得なかった。

「神獣グリフォンが、王都上空に自ら現れた、だと? しかも、リンドヴルム家の令嬢を乗せて、王城の正門前に、か」


「は。王城の正門前にて降臨。おびただしい数の市民が見守る中、令嬢はグリフォンの主として保護を求めております。もはや、この一件は王都中に知れ渡っておりますぞ」


「ほう。それで、グリフォンの様子はどうだ。以前、我が祖父が負わせたという呪いの傷は」


「それが、跡形もなく消え去っていた、と。グリフォンは極めて健康な状態にございます」


面白い。実に面白いじゃないか。

玉座を巡る争いは、長らく膠着状態にあった。姉、第一王女イザベラと、彼女を後ろ盾とするヴァルキュリア公爵家。対する俺と文官貴族たち。互いに次の一手を打てずにいた、退屈な盤面だ。


そんな折に舞い込んできた、まるで天啓のような報せ。王宮内だけの話であればどうとでも操作できたが、衆人環視の中での降臨となれば、もはや隠し通すことはできない。

没落した家の娘が、王家の象徴たる神獣を従え、王都に現れた。しかも、我が祖父が遺した王家の汚点たる呪いすら浄化して。これは格好の材料どころの話ではない。


建国王アルトリウスは、決して力で神獣グリフォンをねじ伏せたのではない。初代聖女リリアナが奇跡の力で手助けをし、対話を通じて、誇り高き神獣と深い友誼を結んだのだ。王と神獣が友であること――それこそが、この国の建国神話であり、忘れ去られた理想の形なのだ。


そこに、神獣に乗った娘が現れた。これは、初代聖女リリアナの再来、あるいはその後継者と見なされてもおかしくない。彼女の存在は、「現代の王家は神獣との友誼を失っている」という事実を覆し、王位継承に正統性を持たせる力を持つ。


「リチャード殿下。これは天が与えた好機です」とオルダスが言う。


「ああ。だが、あの怜悧な姉上が、この好機を黙って見過ごすとも思えんな。神獣の所有権は王家にあると主張し、リンドヴルムの娘から引き離すのが奴らの最初の狙いだろう」


「しかし、下手に手を出せば、神聖なる神獣と聖女を蔑ろにしたと、民衆の反感を買うやもしれません。衆人環視の中であったからこそ、迂闊には動けますまい」


「だといいがな」と俺が応じたとき、オルダスが思い出したように付け加えた。

「殿下、もう一つ奇妙な報告が。衛兵の話では、グリフォンは、令嬢本人よりも、彼女が抱くスライムにこそ、絶対の服従を示しているように見えたとか……」


は、と俺は思わず笑いを漏らした。なんだ、それは。

聖女は、リンドヴルムの娘ではなく、その腕の中にいる珍妙なスライムの方だとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。

だが、その馬鹿馬鹿しい存在が、王家の呪いを浄化し、神獣を従えている。常識で計れぬからこそ、神話の再来にふさわしいとも言える。


「オルダス。リンドヴルムの娘と、そのスライムに会う。場所は白亜宮で構わん。丁重に、だが、我々の完全な管理下でだ。決して姉上の息のかかった者が近づけぬように」


「かしこまりました」


セレスフィア・フォン・リンドヴルムと、正体不明の青いスライム。

没落貴族の娘と最弱の魔物が、神獣という強力な駒を手に、この権力闘争の盤上に躍り出た。

彼女らが、俺の操り人形となるか、姉上の手に落ちるか。あるいは、そのどちらでもなく、この退屈な盤そのものをひっくり返す、予測不能の嵐となるか。


「せいぜい楽しませてもらおうじゃないか、現代の聖女殿」

俺は、これから始まるであろう新たなゲームに、心の底から高揚するのを感じていた。

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