第16話 見ていてくれる人
アリスと交わした言葉が、いまだに心の中で響いている。
――「ティナは頑張りすぎちゃうから、ちゃんと休んでね」
その一言は、あまりにも優しすぎて、あまりにも残酷だった。
純粋な心配だと分かっている。彼女は嘘を言わない。誰にでも手を差し伸べる。だからこそ私は苦しい。
努力しても、届かない。差は広がる一方なのに、彼女は光のように優しく微笑みかけてくる。
その光は、私にとって救いではなく影を際立たせるものだ。
私はどうしても彼女のようにはなれない。
だから、私は――彼のもとへ向かう。
朝の森は、霧がまだ薄く漂っていて、葉に光る雫が冷たく揺れていた。
そんな中で、彼は待っていた。木漏れ日の下で、穏やかな表情で私を迎える。
「ティナ」
名前を呼ばれただけで、胸がじんわり温かくなる。
「おはよう。昨日は眠れたか?」
「うん……少しだけ」
「なら、今日は昨日より軽めにしておこう」
彼はいつもそうだ。私を追い詰めることなく、できる範囲でいいと肯定してくれる。
それだけで、心が楽になる。
私は剣を手に取り、彼と向き合う。
「構えはこうだ。肩の力を抜いて……そう。いいぞ」
背後に立った彼が、私の肘に軽く触れて矯正する。その指先の感触が、熱を伝えてくる。
私は自分の心臓が早鐘を打つのを隠すように、必死に呼吸を整えた。
「動きを繰り返すんだ。焦らなくていい」
「……はい!」
剣を振る。木々の間を切る風の音が響く。
数を重ねるごとに腕が重くなるけれど、不思議と投げ出したい気持ちはわかない。
彼が見ている。彼が褒めてくれる。
それだけで、どんな疲労も甘美なものに変わる。
「よく頑張ったな、ティナ。もう十分だ」
「で、でも……もっとやれるから……!」
「無理をして倒れたら意味がない。今日できた分で十分すぎるくらいだ」
そう言って肩に触れてくれる。
その温もりに、涙がにじむ。誰かに「十分だ」なんて言われたのは初めてだったから。
「……私ね」
思わず言葉が漏れる。
「家族にも、アリスにも……どれだけ頑張っても届かないの。私の努力なんて、誰も見てない。誰も気づいてくれない」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
ずっと胸に押し込めていた想いが、訓練の疲れで緩んだ心から溢れ出す。
「でも、俺は見てる」
彼は即座に言った。
「ティナがどれだけ頑張ってるか、俺が一番知ってる。だから、壊れるまで頑張らなくていい」
その言葉に、視界が揺れる。
「……ほんとに?」
「ああ。本当に。俺が保証する。ティナの努力は無駄にならない。俺が見ているから」
胸がきゅっと締めつけられる。
アリスの光には手が届かない。家族の期待には応えられない。
けれど、この人だけは――ただの「ティナ」を見てくれる。
気づけば私は涙をこぼしていた。
「……ごめん。私、強がってばかりで」
「強がらなくていい。俺の前では泣いていい」
その優しさに耐えきれず、彼の胸に顔を埋めた。
こんなにも心が安らぐ場所があったなんて。
「……ありがとう。あなたがいるから、私、まだ頑張れる」
「それでいい。ティナは一人じゃない」
その一言が、胸の奥まで染み渡る。
私は彼に依存している。もう、自分でも分かるくらいに。
けれど、それでいいと思った。
だって、ようやく――「見ていてくれる人」を見つけたのだから。
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す。
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