第9話 溝

 ルイ殿下は俺に構うのをやめ、常に聖女である優愛と行動を共にするようになった。想像よりも早い心変わりに落胆するのと同時に、これで小説通りだという事実に安心もした。

 そして、聖女が現れてから約一ヶ月、殿下との関係について様々な噂が飛び交い始めた。2人の様子について学園外まで広がった結果、国の制度についての話もされ始め、将来俺ではなく聖女が王妃になると分かられ始めたのだ。そして表れる、仲を深めている2人に対する良い意見悪い意見。素直に聖女との結婚を祝福するような層もいるが、学園内には案外俺とルイ殿下の関係を微笑ましい気持ちで見守っていた貴族も多いらしく、俺との関係を絶って聖女の面倒を見るルイは反感も買っていた。

 マティス令息一筋なところが良かったのに……法律があるからといって簡単に乗り換えてしまうような御方なんだ……

 そうした想いは決して表では言われることはないが、ルイに対する悪感情として蔓延していた。直接話を聞きてくる猛者はいなかったが、遠巻きに哀れまれていることは分かる。

(気持ちは有り難いんだけど、どうかルイと聖女の邪魔はしないでくれよ。)

 このままで良いんだ。あとは2人が幸せに結ばれるところを、原作ファンとして応援しよう。

 俺はもうルイの顔を見たくなくて、心の中で2人を祝福しながらも、学園の隅で1人こそこそと生活するしかなかった。

 

そしてルイと聖女は、魔王討伐の旅へと発ったのだった。







 

 

――――――――



 聖女が魔王討伐の旅に出てから、定期的にルイから手紙が送られてくるようになった。旅に出て聖女こそが運命の相手だと知り、婚約破棄について具体的な話を進めたいのだろう。俺が誰よりも婚約破棄を進めたがっていたのだから遠慮なんいらない。

 早く開封して返事を送らなければならないと理解はしているのに、中を見るのが怖い。実習が始まって授業が忙しいから、今日は疲れているからと一日、一日とまた確認を先送りにしてしまう。幸か不幸か、ルイからの手紙は王族からの公的な書類としてではなく、ルイの個人的な手紙として送られてきた。ルイとの話し合いを先延ばしにしたところで何かが変わることはないが、それでも俺の手は思うように動いてくれなかった。

 実家の方にも手紙が送られていることを知った。俺の返信がなかなか来ないため本家に連絡することにしたのか。これで俺が中身を確認しなくても良いのかもしれないと、張り詰めていた緊張感が少し緩む。

 俺の方にも急を要す場合、実家からその旨が伝えられるはず。何も言われないということは、ルイと実家のやり取りで完結するのだろう。聖女と結婚するするにしても、俺のあずかり知らぬところで勝手にやってほしい。婚約破棄しないでなんて駄々を捏ねたりはしないし、ルイだって何度も言われて分かってるだろうから。

 何通か積み上がった手紙の束を見る。変哲のない白い封筒は、シンプルなデザインながらも紙の質が良い事が分かる。赤い蝋には家紋ではなく、可愛らしいチューリップの封蝋が押されていた。旅先で忙しいだろうに、文字を書いて丁寧に封を閉じたルイは、果たしてどんな気持ちだったのだろうか。彼の気持ちを裏切っているようで、俺は自分にガッカリするしかなかった。


  

 そして数カ月。

 卒業も近くなってきた時、聖女御一行が無事に魔王を倒したとお触れが回ってきた。魔王が倒されたということは、ルイが聖女と無事に愛を育んだということを意味する。力が抜けるような安心と、遂に全てが決まったんだと少し絶望した。

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