第7話 放課後

(特別な理由もなく公爵家に婚約破棄されたら困るっていう王族の事情は分かるけど、別にここまでやらなくたっていいのに……)

 現在国で増加している魔物は魔王の復活が原因で、それを倒すためには異世界からやってきた聖女の力が必要であること。愛の女神から真実の愛を認められた時に貰える杖が魔王退治には必要なこと等、ルイの力になりそうなことは既に伝えてある。ルイは一応全部の話を聞いてくれたけど、根拠のない俺の話をどれほど飲み込んでくれたのか手応えはない。俺に巧妙な話術があったりしたら良かったんだけど上手い言い訳も思いつかず、そういう予感〜とか噂で聞いた〜とかで乗り切るしかなかった。その時が来たら分かるよなんて、どうしても嘘くさい口ぶりにルイはどう思ったのだろうか。しかし実際に根拠を提示しろと言われたとして、小説開始までの情報はないため予言も現段階では難しいのだ。

 端的に言って話を信じられてないからか、ルイの行動は日を増すことに大袈裟になっていく。好きだった相手からの猛攻に対して、俺はなかなかに辛い闘いを強いられていた。


―――――――― 


「来年には僕たちも卒業して、ついに結婚だね。今から楽しみだよ。マティスはいつが良いとかある?」

「……しませんよ。」

 いつものようにキラキラした顔で吹っ掛けられる。放課後図書室で自習をしていたら、委員会会議終わりのルイと出くわしたのだ。遅い時間のためか廊下には人が少なく、やや気まずい。日が落ちて暗い橙色に染まった校舎は、普段とは違う妖しげな雰囲気を漂わせていた。

 

「ねぇ、いつまでそれを続けるの?」


 校門まで移動のために進めていた足を止めたルイは、いつもより低い声で呟いた。

「幸せな未来について話をしているときまでそんなこと言わなくても良いじゃない?」

 かろうじて上がっている口角に対して光の感じられない瞳はやや倒錯的で、数年ぶりに見るルイの笑顔ではない歪んだ表情だった。

「い、いつまでって……それは……」 

「僕のこと好きな癖に。」

断定的に言われ、返す言葉が出なかった。嘲笑うかのようにニヤリとしたルイは、俺の顔を手で包み無理矢理唇を合わせてきた。何度か顔を離しながら角度を変え繰り返し落とされるキスに、首の裏がゾクゾクと震える。

 思わず開いた口にすかさず舌が潜り込んでくる。くちくちと音を鳴らすように舌同士絡められ、その後上顎をなぞり愛撫される。快感から逃げるように顔を逸らそうとするが固定されており動けない。

 初めてのキスがこんな廊下のど真ん中で、しかも深いところまでするとは思わず狼狽してしまった。

「ひ、人が」

「別に見られても良いでしょ。仲の良い婚約者同士、我慢できなくなったんだなって思われるだけだよ。」

息継ぎの合間に抗議の声を上げるがルイは歯牙にもかけない返答だ。押し返そうと胸を押すがびくともしない。余裕じみたルイの行動に腹が立ち目を開けると、想像とは裏腹に相手の頬は紅色に上気し、悩ましげに眉を下げる姿は色気に溢れていた。

「結婚までに尽くして愛してトロトロにしてみせるから別に良いと思ってたのに、どうしてここまで強情なの。というか、もうトロトロになってるじゃないか……なんで拒否し続けるのか意味が分からない。」

俺の唇から垂れた唾液を指でぬぐったルイは目を細めると、最後に触れるだけのキスをして去っていった。一連の出来事に、俺は傷付いているのか喜んでいるのか悲しんでいるのか……ぐちゃぐちゃの心は煩いぐらいに鼓動していた。

「先に帰るね。」と声をかけられたものの、俺は腰が抜けて暫くその場に蹲るしかできなかった。

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