第5話 勘違いガールは気付かない

「ん?希咲良?」


 入学式やHRが終わり、高校初日はお昼前に解散となった。


 俺は剛史、春樹とファストフード店でお昼を済ませ、他愛のない雑談をしてから帰宅した。


 大層なことはしていないが、新しい環境への緊張か、いつもより疲労を感じる。そんな疲れを癒すべくベッドでごろごろしていると、希咲良から電話がかかって来た。


「もしもし?どうした希咲良」

「もしもし優多君。今大丈夫?もし良かったらお話しない?」


 機械越しだがやはり希咲良の声はとても可愛い。今からでも声優を目指しても良いんじゃないかというレベルだ。


 いやでも声優になると──


 1.自然にヒロイン役を任される。

 2.主人公役の男性声優と絡む機会が増える。

 3.自然と仲良くなり、交際関係に発展。


 ……やっぱり駄目です!声優になるのは認めません!!

 

「優多君?」 

「ごめんごめん、ちょっと考え事を。とりあえず高校初日お疲れ、クラスはどんな感じだった?」

「初日だから皆緊張してたよ。私は理央が居たから大丈夫だったけど、中学からの知り合いがいない人はちょっと居心地悪そうにしてた」

「俺のクラスも希咲良と同じ感じだったなぁ」


 高校初日はそんなものだろう。どうせ1週間もすれば自分と波長の合った人間同士でグループが形成され、そこからカーストが生まれていくに違いない。


 希咲良のクラスに厄介な陽キャもどきがいないことを願うばかりだ。


「……クラス、一緒が良かったなぁ」


 ぽつりと呟かれた一言。顔は見えないが声だけで希咲良が今どんな顔をしているのかが想像できる。


「……そうだな。俺も出来れば希咲良と一緒が良かった。でもクラスが別だからってもう二度と会えない訳じゃない。俺も休み時間とかに会いに行くからさ」

「うん……私も優多君に会いに行っていい?」

「もちろんだ。希咲良が会いに来てくれたらあまりの嬉しさでおかしくなると思う」

「ふふ、大袈裟だよ。でもそうだね、一緒のクラスになれなかっただけで、これからも一緒の学校に行けるんだもんね」


 お、少しは元気になったかな?声のトーンが1個2個上がった気がする。もう一押しだな。


「そうだ。理央には申し訳ないけど、当分の間は朝一緒に学校に行かないか?」

「……うん!そうする!すごい嬉しい!ねね、明日は私が迎えに行っても良い?」


 まるで旅行へ行くことが決まった子供の様に希咲良のテンションが上がる。

 

「ありがと。でも毎日迎えに来てもらうのは申し訳ないから順番に迎えに行く感じにするか」

「そうだね。ふふふ……明日から楽しみだなぁ」


 やはり希咲良には笑顔が一番似合う。彼女の笑顔を直接見れないのが残念で仕方がない。


「あっ、私そろそろご飯の時間だから一旦切るね」

「うん、また明日な希咲良」

「うん!また明日、優多君!」


 ……耳元で希咲良の声を聞くとこうしてよく分からない液体が出てくるから困る。


 自分の右耳に触れ、先ほどまで乾燥していた耳が潤っているのを確認する。


 毎度思うけどこれは何?汗?高校入ってうっかりしてたけど電話の時はスピーカーモードにしないとダメなの忘れてたわ。次からは気を付けよ。



 


「おはよっ、優多君!」

「おはよう希咲良、今日はやけに上機嫌だな」


 翌日、約束通り希咲良が俺のことを迎えに来てくれた。


 朝から希咲良の顔が見れるのは嬉しいが、母さんの生暖かい視線が背中に突き刺さり、朝から気まずい思いをすることになりました。


 ……安いもんさ、母親に生暖かい視線を向けられるくらい。しゃ、シャン〇ス!メンタルが!


「えへへ、だってこうして優多君と学校に行けるんだよ?元気にもなるよ」

「……」

「……じ、じっと見つめてどうしたの?はっ、もしかして寝癖付いてる?ちゃんと確認はしてきたのに……」

「いや、今日も可愛いなって思っただけだよ。寝癖は付いてないから安心しろー」

「かっ……な、なら良かった……えへへ」


 〇ャンクス!今度は心臓が!


 なんだその笑顔……。可愛すぎて世が世だったら犯罪だぞ?可愛すぎ罪で捕まってましたよ?


 嬉しさを爆発させ、天使の様な笑顔を見せる希咲良に俺の鼓動は否応なしに速くなる。


 そうやって朝から人の心臓に負荷を掛けないでもらいたい。心臓病になっちゃう。◯ャンクスから悟◯になっちゃう。

  

「よし、それじゃあ行くか」

「うん」


 歩き始めてから数分が経過し、俺の家はすっかり見えなくなった。他愛のない会話をしながら、のんびり高校へ向かう予定。だったのだが──


 きょ、今日心無しか近くない?


 一体どういう訳か、今日の希咲良はいつもより距離が近い。


 これが俺の勘違いであれば良かったのだが、俺の制服の裾が、ちょんと摘ままれているのが勘違いではないことを物語っている。


 お、落ち着け俺。制服の裾を摘ままれているからなんだというのだ。


 ちょっと普段より距離が近くて、なんだか手を繋いでいるような感覚がして恥ずかしいだけだろ。……ん?だけってなんだ?


 自らを落ち着かせるために状況を整理した結果、俺の心臓は喧しさが増す。


 制服越しに伝わる確かな温もり、そして手は繋がれていないはずなのに感じる僅かな不自由さが居た堪れなさと恥ずかしさを生み出している。

 

 ど、どどどどうする?しれっと彼女の手を振りほどいてみるか?いや、もしそれで希咲良に不快な思いをさせたらどうする?


 そもそもこれは意図的な物なのか?それとも無意識なのか?わ、分からん!俺にはさっぱりだ!


 優多は希咲良からの好感度を稼ぐため、10年以上彼女のことをでろでろに甘やかして来た。


 その成果もあり、優多は息を吐くように希咲良のことを甘やかすことが出来るようになった。


 しかし!大きな力には代償が伴う!


 そう、優多は希咲良に甘えられることへの耐性が全く身に付かなかったのだ。


 優多は今「幼馴染に復讐したいので攻撃力(甘やかし)に全振りします!」状態なのである。


 と、とりあえずあれか?素数か?こういう時には素数なのか?1……あれ?1ってそもそも素数だったっけ?あああああ!誰か助けてえええ!


「う、優多君!」

「──っ、ごめん希咲良!」


 脳が希咲良の甘えに耐えられなかったのか、俺は無意識に歩くペースを速めていたらしい。


 ……一番やってはいけないことをしてしまった。希咲良のペースを考えずに歩いて、せっかく希咲良が楽しいと思ってくれているのに、その時間を台無しにしてしまった。


「本当にごめん」

「ううん、大丈夫。それよりもさっきから難しい顔してるけど何か悩み事?私で良ければ相談に乗るよ?」

「だ、大丈夫だ!ちょっと考え事をしてただけだから。というかごめんな?せっかく二人で歩いてるのに自分の世界に入っちゃって」

「気にしないで優多君。私もたまにそういう時あるから分かるよ」


 希咲良……なんていい子なんだ。希咲良をこんな良い子に育て上げたお母様にはもう頭が上がりません。今度菓子折りを持ってご挨拶に伺ってもよろしいですか?


「ありがと希咲良、そう言ってくれると助かる」


 ネガティブな気持ちをリセットすべく、俺は自分の額を手でぐりぐりする。やってしまったものは仕方がない、ここからは希咲良に不快な思いをさせないように──

 

「……どういたしまして」

 

 あ、あれ?なんかすごい不機嫌そうじゃね?


 言葉とは裏腹に、どこか拗ねた表情を浮かべる希咲良に俺の心臓が変なリズムを刻む。


 もしかしなくても俺は希咲良の機嫌を損ねてしまったのでは?女の子の大丈夫は大丈夫じゃないって言うし……。


 すぅ……や、やらかしたか?謝るべきか?いやでも何回も謝るのはそれはそれで迷惑だろうし……お、俺はいったいどうしたら良いんだ!?




 


 うぅ……恥ずかしい。


 優多のメンタルが乱れに乱れている頃、希咲良はとてつもない羞恥心に苦しめられていた。


 う、優多君が手を前に持って来た時、頭を撫でてくれるものだと勘違いしちゃった。


 優多君のなでなでを待っている時の顔を見られなかったのは良かったけど……それはそれとして恥ずかしすぎるっ!

 

 勘違いしたことで生まれた大量の羞恥と頭を撫でてもらえなかった不満、これらのせいで優多への返事が素っ気ないものになってしまったのだ。


 優多君はこれからの事で色々思考を巡らせているのに私は……。


 そして希咲良はもう一つ勘違いをしていた。優多の足取りが速くなったのは、希咲良の近すぎる距離によるものだ。


 しかし、希咲良は優多がこれからの生活や、勉強のことで頭を悩ませていると勘違いしてしまった。


 ……優多君にふさわしい女の子になれるようにもっと頑張らなきゃ。優多君へのアプローチも、勉強も、どっちも頑張って絶対に優多君を落としてみせる!


 そう強く決心する勘違いガールの隣では、1人の少年が精神を病みかけていたが……勘違いをしているため、少女が気付く事はない。

 

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