超常現象調査隊 ~エイティスへようこそ~
宮西春人
第1話チョキ
プロローグ
…ゆうま…さん…
突然背後から聞こえて来た声に、城里裕真はキーボードをタイプする手を止め振り返った。
視線の先には書籍のぎっしり詰まった書架に、応接用のテーブルとソファーだけ。当然誰の姿も見えない。
(気のせいか?)
戻そうとした視線の端に、違和感を覚えた。
ソファーの背と書架の間に、何かが落ちている。
「ノート?」
ずいぶんと古い以外は、何の変哲もない大学ノートに見える。
手に取ってみると使い古された感触があった。
製本こそ崩れていないが背表紙は擦り切れと変色とでぼろぼろだ。
書架から落ちたのだろうか。そう思い手に取った拍子に、ノートの表紙に書かれた文字が目に映った。
『●●●のノート しろさとゆうま』
「俺の名前…なんで…」
ノートの題名は前半が掠れてしまい見えないものの、そこに書かれている名前は裕真のフルネームだ。
覚えがない。
元は離れだったここを今は亡き裕真の祖父が渡り廊下を作り無理やり本宅と繋いで、書斎にしたのだと聞いている。
今や持て余すだけになったそこを、裕真は静かで落ち着けるという理由で大学受験を機に使うようになっていた。
そんな場所にかつての自分はノート片手に入り浸り、ラクガキをして遊んでいたのだろうか。
裕真の父はたまに帰宅すると、溜まった仕事の処理にこの書斎に籠っていたと聞いている。
もしかしたら、そんな時に書斎に遊びに来た自分に遊び道具としてこのノートを与えてくれたのかもしれない。
そう考えると少し心が温まる思いだ。
しかし一体何を書いていたのだろう。
好奇心に駆られノートを捲ると、開き癖が付いていたのか少し枚数を重ねたページがひとりでに開いた。
「なんだこれ…?」
女。女がいる。
黒い鉛筆で女の立ち姿が描かれている。
子どもらしく巧緻の欠片も無い力任せの筆跡だが、その少しデフォルメされた姿が女であるということは伝わって来る。
目に付くのはその風体だ。
黒く執拗に塗り潰された全身のシルエットに、右手からハサミの刃のようなものが異様な長さで飛び出ている。
いや、実際にはハサミを手にしている姿を描いたのかもしれない。
そう頭で納得させても、その不気味な印象を拭うことがどうしてもできない。
さらに目に当たる部分に赤い色鉛筆が使われている。
口が見えない。鼻も見えない。
それなのに、赤い大きな目がこちらを真っ直ぐに見ている。
絵だ。これは絵だ。
わかっている。わかっているのに直視するのすら何か空恐ろしいものを感じてしまう。
こんなものを俺が描いたのか?
いったい何のために?
どれだけ記憶をたどっても『こいつ』に、繋がるものが微塵にも見つからない。
いくらオカルト好きでも、俺の中にこんなものが居て良いはずがない。
嫌悪と恐怖から頭の中でそんな言葉を何度も繰り返す。
息を飲み再びノートに目を落とす。
すると『こいつ』の絵の下に、何やら文字が書かれている。
「チョキ…」
チョキ。それがどうやら『こいつ』の名前のようだ。
子どもらしい、安直でストレートな名づけ。
だというのに、裕真は自分の中で恐怖が一向に緩まないのを感じていた。
その時、不意に扉がノックされ裕真の肩が驚きで跳ねた。
声を上げなかっただけ上出来と言える。
「裕真君、今ちょっと大丈夫?」
扉の先から聞こえて来たのは、同居人で幼馴染の柚木彩音の声だった。
その聞きなじみのある声に内心ほっと息を吐き、「大丈夫」と返事をした。
「ごめんね。遅くに」
時刻を確認すると夜の10時半を過ぎた辺りだった。
彩音は裕真の一つ年上で学部こそ違うが同じ大学に通っている。
裕真が生まれる前から父親は事業であちこちを飛び回り家を開けることが多く、この広い家の管理は病気がちだった母に重くのしかかっていたと聞いている。
そこに母の学生時代からの親友であった彩音の母親が、住み込みをしてまで管理の肩代わりを買って出たのが始まりだった。
裕真の母の体調が安定してからもその関係は続き、子ども同士の裕真と彩音は互いに物心つく前から見知った姉弟のような関係だ。
以前は夕食後は居間で二人とも眠ってしまうまで遊んでいたが、中学辺りを境に自然にそれなりの距離を置くようになっていた。
「良いよ、ちょうど休憩してたし」
ノートの件もあり、内心ほっとしていたのも事実だった。
部屋の隅の小型冷蔵庫からカルピスウォーターのパウチパックを取り出し、対面のソファーに座る彩音に手渡す。
「わ。良いなぁ」
「本宅に飲み物取りに行くのも面倒だからな。ペットボトルと違ってゴミも嵩張らないし」
「んー、久しぶりに飲んだかも」
嬉しそうな彩音の様子に、裕真も釣られて口元がほころぶのを感じていた。
「っと、ごめん。本題に入るね」
パウチのキャップを閉じ、彩音が裕真を真っ直ぐに見据えてくる。
「裕真君、チョキ、って知ってる」
裕真は心臓が跳ね上がるような錯覚を覚えた。
なぜ…?なぜ彩音が今まさにノートで見たあの名を口にするんだ…?
「えっと、じゃんけんの?」
背中に冷たいものを感じつつ、悟られないよう動揺を押し殺し裕真は敢えてとぼけたように返す。
「裕真君でも知らないか…同期生の千夏って子の弟の学校で噂になってるの。色んな子が『チョキに逢った』って」
「逢った?」
少し違和感があった。そういう場合、大抵は『見た』と表現される。
「部活や塾の帰り道、夜一人で歩いてたら街灯の下に知らない女の人がいて…こっちを見ると、右手に何か長いハサミのような物を持って睨んでくるって…それでついた名前が」
チョキ。
子どもらしい、安直でストレートな名づけ。
同じ。ノートに書かれているものと、全く同じものが現実にも目撃されている。
「それで、ついさっき千夏からLINEが来て、『弟が今日、塾帰りにチョキに逢ったって騒いでる』って。詳しく聞いたらもう学校で何人も同じ体験してるって」
「ただの噂じゃなくて、実際の遭遇体験アリか…」
口裂け女の頃から、この手の怪人物の目撃談は見間違い思い込み、悪戯や作り話が大多数と言って良い。
しかしこのチョキはやけに具体的な遭遇の体験談だ。
だからこそ、『見た』よりも『逢った』とする声が多いのだろう。
判断するにはまだ早いが、さわり程度の話だというのにやけに生々しい実感がある。
それともノートの件でそう感じてしまうだけだろうか。
今の裕真には、その答えが出せないでいた。
「裕真君なら何か知ってるかなって思ったけど…そうじゃないなら、あの…サイトのネタにもならないかなって」
「サイトって、『AIR』のこと?」
「そうそう」
『AIR』とは、Abnormal Incident Researchの頭文字を取った、超常現象調査を謳うとあるホームページのことだ。
一見するとただのオカルトサイトだが、ここが特徴的なのは超常現象の調査を『業務』として扱っていることだ。
クライアントから依頼を受け、実際に調査を行い、依頼料を支払ってもらう…冗談のようだが運営実態の存在する営利活動を行っている。
取り扱う内容は心霊現象にとどまらず、未確認生物やUFO、その他都市伝説と多岐にわたる。
これだけならただの詐欺紛いの話に聞こえるが、いわゆる霊能力者など霊視の類は一切排除し、リサーチ業務による極めて現実的な調査を主としていた。
その超常現象をことさら肯定も否定もしないフラットなスタンスは、賛否あれど一定の支持を集めている。
最近は特に心霊スポット化してしまった物件に関する依頼が増えており、調査の結果なんの曰くもないと判断された場所は数十か所にも及ぶ。
裕真も自身で調べた情報を提供することもあり、趣味と実益を兼ねたアルバイトとして大いに活用させてもらっている。
(そうだな。場合によっては俺の方から『AIR』に助けを求めるってやり方もあるか)
自分を取り巻く不気味な感触を振り払うように、裕真は思考を前向きに切り替える。
「わかった。『AIR』に何か情報来てないか確認しておく。それと、その千夏って人の弟に、直接話を聞くことはできるかな?」
「裕真君、調べてくれるの?」
「ああ」
裕真の返事を聞いて、彩音の表情がパッと明るくなる。
「彩音を放っておいたら、ほら小学校の時みたいな…」
「え?な、なんだっけ…」
昔話を切り出す裕真に、彩音は急にしどろもどろになっていく。
「テレビで見た昔の映画に感化されて、古い学校の校舎に俺と従兄弟の大輝を巻き込んで突撃して…」
「わー!うそ、覚えてるの⁉やだ!無し無し!その話は無し!」
彩音はすっかり取り乱してわたわたしながら顔を真っ赤にしている。
「え…そんなレベル?」
「あはは…ごめんね。でも、ありがとう。わたしも調査、手伝うから」
いまだに赤い顔を手でぱたぱたと扇ぎながら、彩音は立ち上がった。
「俺こそ、ありがとう」
「調査料、出ると良いね」
彩音は裕真の言葉をネタ出しのお礼と捉えたようだ。
笑いながら手を振って戻る彩音に、裕真は少し救われた気分だった。
「チョキ、か…」
彩音を見送った後、裕真はノートを再び開き一人呟く。
絵の中のチョキは、物言わぬ赤い目で睨みつけているように思え、裕真は額に冷たい汗が浮かぶのを感じた。
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