第13話 夢じゃない場所

アエリアの試合は想像以上に迫力があって、つい見入ってしまった。

スピード、魔法、そして風を切るような連携プレー。空を駆ける選手たちの姿はどこか現実離れしていて──それでも胸が高鳴る。

この世界でアエリアが人気スポーツだというのも、よく分かる気がした。


ステア・フォルトゥナ・アカデミーのアエリア部は名門で、プロからもオファーがくるらしい。観客席の女子生徒たちはキャーキャーと歓声を上げ、名前を呼んで手を振っている。

──たしかに、モテるわけだ。

選手たちの名前と顔を覚えていないわたしでも、どこかその熱気に巻き込まれそうになる。


「ミーアさん!お久しぶりですっ!」


ひょいっと柵を飛び越えてきたレイくんが、明るく手を振ってくる。


「なぁに〜?わざわざオレに会いに来てくれたの〜?」


「レイくん、久しぶり。……いーえ、まさか会うとは思ってなかったし」


ふっと笑いながら続ける。


「でも、すごかった!たくさんゴール決めてたね?」


「でしょ?練習、がんばってますから」


誇らしげに胸を張る姿は、変わらないなと思う。


「てか、ひとりで来たの?」


「あ、うん。……待ち合わせっていうか。案内してくれるって言ってたから、待ってるところ」


「へぇ〜……?」


少しだけ間を置いて、レイくんがにやりと笑う。


「……彼氏?」


「えっ、違うよ」


思わず笑ってしまう。


「うちの常連さん。たまたま同じ学校に通ってるって分かって」


「ふぅん」


なんて気のないふうで、でも目だけがこちらをじっと見ている。


「……でさ、結局ミアさんって、どこで働いてるの? オレも行ってみたいなぁ〜」


「そういえば、ちゃんと言ってなかったっけ。

“インコントロ”ってカフェだよ。コーヒー美味しいから、ぜひ。」


「ん〜、なんか……聞いたことあるような……」


レイくんは首をかしげながら、視線を空へ向ける。試合で少し乱れた髪を指先で整えながら、「どこだっけ〜」と口元を緩める。


その表情がコロコロと変わって、見ていて飽きない。ほんのり汗のにおいが残っていて、試合が終わったばかりなんだなって改めて思う。


──カツ、カツ。


硬質な足音とともに、背後から声がかかる。


「レイ。そろそろホワイト先生が来るらしいぞ。」


「あ、マジ?」


「すみません、お話中に失礼しました。」


レイくんを迎えに来たその彼は、軽く会釈をしてくれた。

ネイビーの短髪に、マスタード色の柔らかい切れ長の目。落ち着いた雰囲気で、見るからにしっかり者って感じだ。どこか、周囲の空気まで静かに整えるような存在感がある。


「あれ?インコントロの店員さん?」


「え?」


「──あっ、そーか!お前が言ってたのか!」


ふたりの間で、以前インコントロの話が出たことがあったらしい。


「えっと……うちのカフェに来てくれたこと、ありますか? すみません、ちゃんと覚えてなくて」


「いや、最近街に寄ったときに、コーヒーをテイクアウトしただけなんで。

そりゃ覚えてないと思います。気にしないでください」


「……あはは!

まー、どこにでもいる見た目だもんな?」


「こら、調子に乗るな。

すみません、こいつ昔からほんとうるさくて」


「確かに! レイくん、騒がしいもんね? あはは!」


「はぁ〜!? うっせ!

──ほら、先生来るんだろ? ノア、さっさと行くぞ」


「態度悪くてすみません。えっと……」


「ミアです。ノアくんって言うんですね。

またお店、遊びに来てくださいね」


「はい! 俺、ノア・ヴェルデっていいます。

こいつとは幼馴染で。

ミアさん、文化祭楽しんでいってくださいね」


「じゃーねー、ミアさん! 今度お店行くわ〜!」


ノアくんは軽く会釈し、対照的にレイくんは手をひらりと振りながらこちらを振り返り、にやっと笑って駆けていった。


(……ふふ、まさかまた会うなんてね)


そう思いながら、コートに降りたふたりを見つめる。

もちろん、スポーツをすればぶつかり合いや仲違いもあるだろう。

でもその分、助け合ったり、喜びを分かち合ったりもできるわけで——なんだか青春だなぁ、なんて。ちょっと耳が熱くなった。


戯れている生徒たちを、ぼんやり眺めいた時。

そこへ、コートには場違いなほどかっちりとしたスーツ姿の人が入ってくる。

遠くからでも、ただならぬ端正さがにじんでいて、誰なのかはすぐにわかった。


──それに、生徒たちが急に背筋を伸ばして一列に並びはじめたから。

さっきまでとはあまりにも態度が違って、思わず息が抜けた。


腕を組み、生徒たちに向かって指導するその姿を、こうして見るのはなんだか不思議で──少しだけ特別な瞬間だった。


本来なら浮いてしまいそうなその佇まいなのに、不思議とそこに溶け込んでいる。

きっと、彼自身にブレが少ないからで。

どこにいても彼は彼で、それだけで場が締まる。そんな彼を……羨ましいと思った。


目を逸らさずに、その景色を見ていたはずなのに。

気づけば、ヘンリーさんの姿も、生徒たちの姿も視界から消えていた。


(やばい、ぼーっとしすぎちゃった……)


とりあえず、ヘンリーさんに連絡を取ろうとスマホを取り出し、メッセージを打とうとした──そのとき。


──トンッ。


「……待たせてすまなかったな。」


左側から聞こえた声に、勢いよく顔を上げる。

ひとつ間を空けて、いつの間にか隣に座っているヘンリーさんの姿があった。


「わっ、ヘンリーさん……!

ここからずっと見てたのに、気づいたら見失ってて……。見つけられてよかった、へへ」


「見つけた、だと? ……俺が来てやったんだ」


少しだけ口元を緩めて、わたしの方を見る。


「……どうだ? 楽しめてるか?」


「はい! 本当にすごいんです!

さっき買ったこのソーダも、呪文を唱えてくれたら味が変わって──」


「ははっ。

俺にとっては普通だが……そんなことがお前にとっては嬉しいんだな。」


「あ、えっと、そうですね……」


小さく笑い返しながらも、胸の奥が曇りガラスみたいにぼやけた気がした。


「やっぱりこの世界は、夢の中にいるみたいに感じちゃうかも。……あはは」


目に映るすべてが、新鮮で、眩しくて。


ただ、その気持ちを伝えたかっただけなのに。

“当たり前”の一言が、なぜか壁みたいに感じてしまって──


わたしは、やっぱりこの世界では“異物”なのかな。そう思ってしまった瞬間、ほんの少しだけ寂しさが残った。


「……おい。お前、いま余計なこと考えてるだろ。」


「え?」


「ここは夢の中じゃない。“現実”だ。」


ヘンリーさんは、まっすぐ前を向いたまま、そう言った。


「……ほら、行くぞ。案内してやる。」


立ち上がり、スタジアムの出口に向かって歩いていく。次は見失わないように、駆け足で彼について行った。

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