夢蒔く大地

Akira Clementi

第1話

「桜庭遥斗の! そのプレー完コピSHOW!」

「いえーい!」


 すっかりこのやり取りも慣れてきた、二〇二四年の六月。月初にしてはかなり暑い晴天の練習場。青々とした芝生が目にも眩しいそこでサッカーボールを手にタイトルコールをする俺に、ビデオカメラを回しながらクラブスタッフである小山さんがノッてくれる。

 今年四十歳を迎えた俺よりも一回り年上の小山さんの提案で、このコーナーは始まった。SNSにアップするファンサービス用のものだ。もちろんこういう動画をアップするのは俺自身のアピールにもなるから、真面目にやっている。


 一応現役Jリーガーである俺の特技は、選手の動きの模写だ。「この選手のこんな動きを真似てくれ」と映像をもらいさえすれば、よほどのスーパープレーでないかぎりほぼ完全に模写――完全コピー――できる自信がある。


 ただし、真似だけだ。


 己の技として落とし込んで応用できるわけではない。もしそれができていたら、今頃俺は世界的な選手として輝かしい大舞台にいると思う。

 再現度は高いが、応用力は極めて低い。そんな致命的な問題を抱えたJリーガーが、俺こと『桜庭遥斗』だった。


「桜庭選手、今回完コピしていただくものはこれです」


 カメラを回しながら、小山さんがスマホを差し出してくる。


「第十三節、堂島選手のオーバーヘッド! ぱちぱちぱちぱち」


 盛り上がる小山さん。

 小山さんから受け取ったスマホは、SNSでもかなりの注目を浴びたゴールシーンの動画を再生していた。


 アディショナルタイムも残り一分を切り、フィールドにいる選手全員が相手チームのゴール前に詰めていたひりつくような時間帯。そこで生まれたのが、うちの正ゴールキーパー堂島の美しいオーバーヘッドだった。スパッと勢いのあるこのゴールで、勝敗は決まった。この劇的ゴールが今日のお題らしい。


「でもこれコーナーからのボールだから、桜庭さんひとりじゃ再現できないじゃないですか。そう思って、助っ人をお呼びしました!」


 小山さんの声に続いて、ひとりの人物が俺の隣にやってくる。


「垰田選手です!」


 小山さんに紹介され、ゲストの男・垰田は勢いよくお辞儀をした。垰田のトレードマークであるさらさらヘアが涼しげに揺れる。


 二十五歳という垰田は俺と同じで、今シーズンから秋田のプロサッカーチーム『フルミネブル秋田』に来た。同じJ2リーグに属するルージュ熊本からのレンタル移籍で、毎試合MFとしてアシストしまくる大活躍をしている。

 そんな垰田様が、移籍して以来一度もベンチにすら入れない俺の完コピをお膳立てしてくれるなんて、なんとも豪華な話である。


 ……そうは言うものの、いつもこのコーナーのゲストは垰田なのだが。


 垰田をアシスト役にして俺を主軸で撮るのは、小山さんのこだわりなんだろうか。


「よっしゃ! 桜庭さん、いっちょやりましょうか!」

「おう」


 威勢のいい垰田にボールを渡し、俺たちはそれぞれの位置についた。


 堂島のゴールを再現するには、まずは垰田がコーナーから正確にボールを上げなければいけない。高く上がったボールに叩きこまれた一発だからだ。

 そして俺は堂島の動きを完コピするにあたって、勢いと美しさの二つを意識する必要があった。

 身長百七十センチの俺に対し、堂島は百九十センチもある長身だ。恵まれた体格の堂島と同じだけの高さまでジャンプしないと、あのオーバーヘッドは再現できない。堂島のこのプレーが話題になったのは決定点だからというだけでなく、そのフォームが非常に美しかったからだ。


 高いジャンプ、一回転できそうなほどの勢い。


 それらはまるで自在に宙を舞っているかのようで、初めて見たとき俺も見惚れてしまった。あんなに美しいオーバーヘッドはなかなかお目にかかれない。


 だが、完コピコーナーをしている俺にも意地がある。

 なんとしてもやってやろうじゃないか。


 小山さんがカメラを回す中、俺と垰田はさっそく堂島のオーバーヘッドにチャレンジし始めた。


 一回目。タイミングはばっちりでゴールも決まったが、高さが全く足りない上にフォームもいまいちだ。


 二回目。垰田に上げてもらったボールが低すぎる。


 三回目。俺のジャンプがまだ低い。


 四回目。高さOK、フォームOK。しかしゴールならず。


 燦々と陽光が降り注ぐ中、黙々と修正を続ける。

 納得のいう動画が撮れたのは、七回目のチャレンジだった。練習の後でこれは少しばかりきつい。日々鍛えてはいるが、やはり体が衰えてきているなと感じる。

 エンディングトークを取り、撮影終了。これで暑い練習場を去って昼飯に行けるなと思ったのは束の間だった。


「桜庭」


 俺を呼び止める別の声があったからだ。

 今日はやけに呼ばれるなと考えつつ、声の主に体ごと振り向く。


 そこにいたのは保坂監督だった。髪はすっかり白くなっている保坂監督だが、いつも選手と一緒にランニングをしているだけあって体つきは若々しい。それに声もハリがある。元気に歳をとるってこういうことなんだろうな。

 俺たちの録画作業を見ていたであろう保坂監督は、日に焼けた顔に微笑みを浮かべた。


「調子がいいようだな」

「まあまあです。堂島の真似に七回もかかりました」

「あれを七回で出来たのなら上出来だ」


 保坂監督の声は明るい。保坂監督は世辞を口にするタイプではないので、俺はその誉め言葉を素直に受け取ることにした。


「歌の方はどうだ?」


 世間話のようなノリで問われて、俺はつい保坂監督から逃げるように視線を逸らしてしまった。

 保坂監督が言う『歌』とは、秋田県民歌のことだ。俺は秋田出身だが、秋田県民歌を歌えない。


 正確には、『秋田を背負って歌えない』。

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