第7話 デートなんて絶対むりっ!
「ねえ、にゃーちゃん」
「何です、こばとさん?」
「もし本当に、にゃーちゃんの言う通り、来宮くんがこばとのことを好きだったとしてさ。来宮くんは、いったいこばとのどこを好きになったんだと思う? こばと、来宮くんとはこれまであまり接点がなかったよ?」
「だとすれば、考えられるのは『一目ぼれ』ではないでしょうか。無理もありません。私から見ても、こばとさんは可愛らしい女の子ですから」
「そう、なのかな?」
えへへっ。そんなふうに褒められたことなんて、これまでなかったから、改めてそう言われると、なんだか照れちゃうよ。
「それに、こばとさんって表情がコロコロと変わって、ずっと見ていても飽きませんし」
「えっ?」
「なんかこう、こばとさんを見ていると、そのまま放っておけない気持ちになるんですよね。おっちょこちょいで、危なっかしくて、頼りなくて、小動物みたいにちっちゃくて」
「あれ? 悪口?」
「とにかく、男子に『ボクが守らなくちゃ』って思わせる魅力を、こばとさんはお持ちなんです。ほら、男の子って、好きな女の子を守ってあげたくなるじゃないですか」
「そうなの?」
知らなかった。男の子の心理って、そういうものなのかな?
「そうに決まっています。この私には分かります。だって私、委員長ですから」
「委員長は関係ないと思う」
「それに私、国語も得意なんですよ。来宮くんの恋心を読み解くくらい、私にはたやすいことです」
にゃーちゃんが「えっへん!」と胸を張る。
へー。国語が得意だと、恋心も分かるようになるんだ。……それって、ほんと?
でも、にゃーちゃんの言葉を聞いて、ハッとさせられたこともある。
「そう言えば、こばと、さっき来宮くんに同じようなことを言われたかも」
「えっ!? いったい、なんて言われたんです!?」
「『こばとのことはボクが守るよ。だから安心して』――って」
「まあっ!?」
にゃーちゃんがアーモンドみたいな瞳をいっそう輝かせて、黄色い声を上げる。
「もうっ! 相手にそこまで言わせておいて、何で気づかないんですか! 来宮くんの秘めた本音がダダもれじゃないですか! だいたい、頭ポンポンなんて、好きでもない女の子にします? しませんよね?」
にゃーちゃんが有無を言わせぬ勢いで同意を求めてくる。圧がすごくて、こばとも「ソ、ソウダネー」と首を縦にふるしかない。
にゃーちゃんはこほん、と一度小さく咳ばらいし、それから神妙な面持ちで言い放った。
「それでは、判決を言いわたします――竹嶋こばとさん、有罪っ!」
「なんでっ!?」
急に何を言い出したのか訳が分からないこばとを置き去りにして、にゃーちゃんが演技がかった調子でしんみると告げる。
「まったく、罪な女ですねぇ、こばとさんって。来宮くんに恋心を抱かせておきながら、まるで自覚がないのですから。私がいたからよかったものの、こばとさんひとりでは、来宮くんの気持ちに永遠に気づいていなかったのでは?」
「あの……にゃーちゃんの勘ちがいってことはない?」
「まだ言いますかっ!」
「ひいぃっ!?」
にゃーちゃんは見得を切る歌舞伎役者みたいにくわっと目を大きく開き、こばとにつめ寄る。
「いったいどこまで罪を重ねれば気がすむんです? 来宮くんがこれだけサインを出しているのに、ことごとくスルーしていたら、さすがに来宮くんがかわいそう過ぎますよ。……ああ、来宮くんはこばとさんを想って、いったいどれほどの眠れぬ夜を過ごしてきたことでしょう?
「悪かったね、鈍ちんでっ!」
もう! にゃーちゃんったら、こばとを年下みたいに扱って。言っておきますけど、こばととにゃーちゃんは同い年で同じクラスに所属している同級生なんですからねっ!
……たしかに、こばとには恋愛のことはよく分からないけどさ。
でも、さすがににゃーちゃんの考え過ぎなんじゃないかな?
そもそも、来宮くんが『こばとを守る』って言ってくれたのは、こばとがあやかしに狙われているかもしれないからであって、恋がどうこうって話じゃないし。
来宮くんの家は神社で、あやかしについて調査しているくらいだし、あやかしから身を守るためにアプリまで入れてくれて、こばとよりよっぽど知識がある。
だから、来宮くんは善意で『こばとを守る』って言ってくれただけ。きっと、それ以上の意味は来宮くんにはないんじゃないかな。
でも、心の片隅には、もしかしたら本当ににゃーちゃんの言う通り、来宮くんがこばとのことを好きでいてくれたら嬉しいな、なんて、ちょっとは期待する気持ちもあったりして……。
そんな恋の予感にひそかに胸を弾ませてしまうこばとは、いけない子ですか?
「やれやれ。仕方がありませんね。こばとさんと来宮くんが今よりもっと仲良くなれるよう、私がひと肌脱ぐとしますか」
「え、何する気?」
「決まっているではありませんか。こばとさんと来宮くんのデートプランを考えてあげるんです。この私が、明日までにね!」
「デ、デ、デート~~ッ!?」
とんでもない提案に、こばとはまたしてもひっくり返りそうになる。
「いいよ、余計なことしないでっ! こばとにはまだ心の準備が……っ」
「今さら何をためらっているのです? 来宮くんがこばとさんのことが好きっていう条件がこれだけそろっているのですから、心配はありません。もはやふたりは磁石のS極とN極も同じ。しぜんとお付き合いするようになるのも、もはや時間の問題かと」
「だーかーらー! こばと、来宮くんとお付き合いしたいだなんて、ひと言も」
「ふふっ、言わなくても分かりますよ。照れちゃって、お可愛いこと。すべてはこの委員長・鈴原寧子にお任せくださいっ!」
も~っ! こばとがなりたいのは来宮くんの『恋人』じゃなくて、『友達』っ! だいたい、そういう話はこばとにはまだ早いよぉ~っ!
しかし、ひとりですっかり盛り上がっているにゃーちゃんに、こばとの声が届くはずもなく。
委員長として、クラスメイトの恋を必ず成就させるんだって、すっかり意気ごんでいた。
〇
夜、自分の部屋でひとり、今日の出来事をふり返る。
まるでジェットコースターみたいな一日だったな。
早朝にあやかしの少女と出会い、来宮くんと友達になろうとしたら微妙な反応をされ、かと思えば頭を優しくポンポンされ、にゃーちゃんからは来宮くんがこばとの彼氏になりたがっているって力説され……。おまけに、明日までににゃーちゃんがこばとと来宮くんのデートプランを考えてきてくれるそうな。
「デートなんて絶対むりっ! 緊張するし、恥ずかしいよぅ……っ」
ベッドに身を投げ出し、仰向けになってバタバタと足を動かす。
デートって、あれだよね? 学校帰りにショッピングモールに立ち寄って一緒に買い物を楽しんだり、映画を見たり、ゲームセンターで遊んだり、クレープを食べ合ったりする、あの甘々なイベントのことだよね! うちの学校の近くにショッピングモールなんてないけど!
でも、いきなりすぎて、気持ちが少しも落ち着かないよ。
そもそも、こばとがなりたかったのは来宮くんの『友達』であって、『恋人』じゃないんだよ?
それなのに、いきなりデートだなんて……。ドキドキしすぎて、心臓がつぶれちゃいそうだよ。
「……でも、『こばとのことはボクが守るよ』って言ってくれた時の来宮くん、かっこよかったな」
来宮くんの表情を思い出しただけで、カアアッ! と顔が燃えるように熱くなる。
もし来宮くんが本当にこばとを求めてきたら、こばとはどうなっちゃうんだろう? 来宮くんとお付き合いすることになっちゃうのかな? 考えただけでも全身が火傷しちゃいそう……っ。
「もう、あやかしどころの騒ぎじゃないよ」
あやかしの少女に声をかけられてふるえていた、あの恐怖心はどこへやら。
にゃーちゃんから恋の話を聞かされてからは、こばとの頭のなかは来宮くんでいっぱいで、一日中ずっとふわふわしてた。おかげで救われた、とも言えるけど。
でも、明日も同じように浮かれていられるとは限らない。あやかしの少女がまたこばとに近づいてくるかもしれないのだ。
「そうだ! 来宮くんからもらったアプリ!」
こばとはうーんと手を伸ばし、ベッドの上に置かれていたタブレットをつかむ。
そして、可愛いキツネの絵が描かれた『あやかしアプリ』をタップしてみた。
「警戒音は……鳴らない! よかった~っ!」
あやかしが近くにいると知らせてくれるという警戒音。家のなかでも鳴り響いたら、こばと、絶望感に打ちのめされて、きっと立ち直れなかったよ。
トップ画面にはこの辺りの地図が映し出され、こばとが通う藤咲中学校には×マークがついていた。
どうやら、あやかしの目撃情報が寄せられているみたい。やっぱり出るんだ、あの中学校。怖~っ!
「ほかにどんな機能があるんだろう?」
調べてみると、『あやかし撃退機能』と『あやかしブザー機能』があった。
あやかしを撃退できるなら心強いし、ブザーを鳴らして周りに危険を知らせることができるだけでも安心する。
それから、『もしも、異変を感じたら』なんてボタンもある。
今は特に何も感じていないからタップしないけど、いつか使う時が来るのかな? もちろん、来ないほうがありがたいんだけど。
「とりあえず、わが家が安全だって分かっただけでもよかったよ」
ベッドのふかふか具合に癒されながら、ふぅーっと安堵の息をはく。もうこのままぐっすり眠ってしまいたい。
「……でも、その前に」
また来宮くんの写真を見てみようかな。
きっと明日学校で出会っても、恥ずかしすぎて、まともに顔なんて見られないと思うから。
ふたりきりの教室で特別に撮らせてもらった、来宮くんの涼やかな微笑み。
あの一枚を眺めるだけで、心がぽわーっと安らぐのは、いったいどうしてだろうね?
そうして、こばとがタブレットにある写真集を開いたとたん、
「……えっ? 何これ」
こばとは驚きの目を見開いた。
だって、来宮くんの頭の上に、なぜか、もふもふしたキツネの耳が生えていたんだもの。
こんなの、昨日まではなかったはずなのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます