第36話 帰還

 俺は軽く深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 大丈夫だ。今回はリリス様がいる。俺は何も喋らなくていい……。

 そうやって、必死に頭に思い込ませる。

 だが……なんだ?……この頭に引っかかるような違和感は?

 ダストメモリーは、何故、俺を呼ぶ必要があるんだ?……目的は別?……。

 頭の悪い俺が考えても仕方ないか。とりあえず今は目の前の事に集中しよう。


『では、転送を開始するぞ』

「転送って、こちらからでもできるんですか?」


 俺は、ふと気になった事をリリス様に尋ねる。


『ああ。その家の中なら、どこにいてもレイヴンズの戦艦内に転送できるぞ』


 リリス様がホログラム越しでもわかる、豊満な胸を張り、どこか誇らしげに答える。

 ええ……科学って、すげー……。


「リリス様ー、私はお留守番なの?」

『そうなるな』

「えー……」


 駄々をこねる子供の様な目でリーシアがリリス様を見つめる。おまけに指を口に咥えている。

 アレは完全におねだりモードだな。


『くっ……す、すまない。こればっかりはダメなんだ……私がジキルに怒られてしまう』


 机をバンッと叩いて、悔しそうな表情と声色でリリス様は悔しがる。

 部下のジキルに怒られるって……ホントにあの人は俺の上司なのか?

 ジキルの名前で思い出したけど……レイヴンズの皆は元気にやっているのだろうか。まあ、リリス様がこの調子だったら、他の奴も元気だろう。


「そっかー……じゃあ、しょうがないね」


 リーシアは腕を組み、仕方なさそうに諦める。


「お兄ちゃん。私の分まで、頑張ってきてね」

「おう。って言っても、頑張るのはリリス様の方なんだけどな」

『おいおい……まあ、こればっかりは私がやるしかないんだがな』


 妹からは応援を貰い、母には呆れられる。


『はあ……あまり、私も交渉術は得意じゃないから期待するなよ?』

「了解です」

『じゃあ、転送を始めるぞ』


 リリス様のホログラムが消えると同時に俺の身体が光り出す。

 転送の光を見ると、少し懐かしく思える。


「リーシア。何かあったら俺のスマホに連絡しろよ」

「おっけー」

「多分、そんなに長くはならないと思うが、もし晩飯の時間に間に合わなかったら、どっかで食べててくれ」

「わかってるって」


 リーシアと会話をしていると、徐々に俺を包み込む光が濃くなってくる。

 そろそろレイヴンズの戦艦内に転送させられるのがわかる。


「んじゃ、いってくるわ」

「うん。行ってらっしゃい」


 リーシアの言葉を最後に目の前が真っ白になった。


 ✻


「ん……ここは?」


 俺が目を開けると、見知らない光景が広がって――いなかった。

 そうだ。この場所は俺が地球に転送される直前の場所だったな……。今思えば、懐かしい思い出だ。


「お。無事に転送できたみたいだな」


 声がする方向に振り向くと、そこにはホログラムでは無い、実体のリリス様が立っていた。

 

「無事って……失敗する事があるんですか?」

「ああ。壁に埋まったりとかな」


 え。何それ……怖い。


「おい、真に受けるな。冗談に決まっているだろう」

「貴方が言うと、本当の事に聞こえるんですよ……」

「む。そうなのか?……おっと、こんなゆっくりと話をしている場合じゃないんだ」


 リリス様が右腕に付けている腕時計を確認する。


「ほら、アレス、行くぞ」

「ちょ、行くって、どこに行くんですか?」


 俺の右腕をガッシリと掴み、どこかへ、引っ張ろうとするリリス様。

 何故、忙いでいるかわからないリリス様に俺は困惑する。


「決まっているだろう。ダストメモリーのリーダーの所にだ」

「え。もう来てるんですか!?」

「あれ?……言ってなかったけ?」


 はあ……この人は……。

 本当にこの人が上司で大丈夫なのだろうか。絶対にジキルが上司の方が良い気がする。


「おい。失礼な事、考えたろ」

「そんな事はないですよ。さあ、急ぎましょう」

「なんで部下のお前が……はあ……。とにかく急ぐぞ」


 俺とリリス様はダストメモリーのリーダーの元へと急ぐのであった。

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