第29話 喫茶店doll

喫茶店dollの扉を開けると、飲食店でよくある、鈴の音が鳴る。俺は、この鈴の音が好きだったりする。

 外装は少し古臭そうだったが、内装は、そこまででもなかった。中は綺麗に清掃されており、清潔感を保っていた。店の規模は小さく、席の数も中々に少ないし……何よりお客さんが誰一人いなかった。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から、ゆっくりと男性が出てくる。


「おや?……カレンさんじゃないか。どうしたんだい?」

「店長。今日は連れと、dollに来ただけですよ」


 カレンから店長と呼ばれた男は、俺の事をジッと見つめる。

 髪は白髪で、顔にはシワができている。お洒落なのか、右目だけ視力が悪いのかわからないが、右目に片眼鏡をかけている。俺の見た感じでは、かなり歳をとっている様に思える。


「ふむ……その連れは彼氏かい?」

「んなっ!?」


 店長が衝撃的な発言をすると、カレンが分かりやすく狼狽うろたえる。


「そんな訳ないでしょう!」

「はは……それは失敬」


 二人の関係は良好そうだな。他人から見ると、お爺ちゃんと孫がからかい合っているようにしか見えない。

 でも……カレンの言った「そんな訳ないでしょう!」が俺の心に深く突き刺さる。彼氏と彼女の関係では無いが……そんなにバッサリ否定されると、男心が傷つく……。


「自己紹介が遅れましたな。私は【佐藤良助さとうりょうすけ】と申します。以後お見知りおきを」


 佐藤さんは簡単に自己紹介を終えると、綺麗なお辞儀をする。

 中々に綺麗にお辞儀だな。お辞儀だけで、人の凄さがわかると……誰かに言われた気がする。


「自分の名前はアレスと言います」


 俺もできるだけ、綺麗にお辞儀をする。お辞儀を終え、顔を上げると、佐藤さんが眉をひそめているのがわかった。


「……どうかされましたか?」


 俺は佐藤さんの様子が気になり、質問をする。


「いえいえ……昔の友人に良く似てるなと思っただけです」

「そうですか」


 質問をすると、佐藤さんが先程の優しい顔つきに戻る。


「ずっと立っているのは辛いでしょう。そこのテーブルの席にお座りください」


 俺とカレンは、佐藤さんが勧めてくれたテーブル席に座る。


「ご注文が決まり次第、そこのベルを鳴らしてください」


 佐藤さんは慣れた感じで言うと、カウンターの奥へと戻っていく。最近の店はタッチパネルでの注文が多いが……たまには、こんな感じの店も良いと思う。

 俺は注文を決める為に机に置いてある、メニュー表を見る。


「ほう……中々にコーヒーの種類が多い」

「そうだろう?しかも店長が入れてくれるコーヒーは絶品なんだ」


 ほほう……それは中々に期待が高まるじゃあないか。

 どれどれ……見せてもらおうか。喫茶店dollのコーヒーの味とやろを!


 *


「ふう……美味いな」

「だろ?」


 何故か誇らしげにカレンがドヤ顔をする。別にお前はコーヒーを入れてない筈だ。

 しかし……このコーヒー……絶品だな。香りも良いし、何より美味い。美味い物は人の心を満たしてくれる。

 俺は、コーヒーを飲んで満足だったが……当初の目的をカレンに問う。


「そういえば、なんでここに来たんだ?」

「ああ。そうだったな。それをすっかり忘れていた」

「おい……」

「いやー……すまない。コーヒーが美味しくてな」


 それに関しては俺も同意だ。


「アレスをここに連れてきた理由は、私の事を話す為だ」

「ほう」

「初めて会った時に言ったろ?私に勝ったら、教えてやるって……」

「ああー……そんな事を言われてた気がする……」


 確かに……カレンと初めて戦う前にそんな事を言われたような……。


「そうだな……ここにお前を連れてきた理由は単純に静かに話せる場所が欲しかっただけだ」

「なるほどな」


 俺はコーヒーを飲みながら、カレンの話に相槌あいづちを打つ。


「しかし……どこから話せば良いのやら……」

「そんなに長いのか?」

「まあ……一から説明すると、かなり長くなるかもしれんな」

「……あまり、長い話を聞くと眠くなるんだ」

「奇遇だな。私もだ」


 俺とカレンはフッと小さく笑うと、コーヒーを飲んだ。


「できるだけ、簡潔に言おうか」

「頼む」

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