信長様リトライ!?~織田信長に転生したので人生イージーモードだと思っていたら史実の信長のように桶狭間で勝てないんですが~

四熊

尾張は終わり

信長桶狭間に死す

 天井には古びた梁、隣には小姓らしい少年が畏まって控えている。


「信長様、朝餉の支度が整っております」


 ――いやいや、待て。信長?織田信長?あの本能寺の信長?


 俺はそのその名前を聞いて混乱していた。俺は普通の学生だったし、信長という名前ではない、しかもこんな古風な家になど住んでいないからだ。


 俺は状況を把握するために自分の顔を確認しようとその小姓に言って、鏡代わりの水を桶に入れ、持ってこさせ覗き込むと、そこには黒目黒髪の幼い少年――教科書で見るような信長の肖像画に近い面影がある俺がいた。


 ――マジかよ、転生ってやつか?


 歴史は知ってる。信長は尾張を統一し、桶狭間で今川義元を破り、戦国の覇者への道を歩む。でも最後は本能寺で明智光秀に討たれる。


 だが、そこだけ避ければ天下取りは余裕だし、天下人ってめちゃくちゃ良い暮らしが出来そう――そう楽観的に思っていた。


 それから信長として過ごしてきたが。ついに父、信秀が病没し、俺は織田家の家督を継いだ。


 守役の平手政秀、小姓であった池田恒興らの助けもあって、なんとか殿様として務めを果たしてきた。


 多少は大変だったが、小競り合いなどはあっても大きな戦もなく、順調に時は流れていった。


 だが俺は、重大な勘違いをしていた。


 尾張の国は信長のものだと、てっきり思っていた。


 実際は清洲織田家、岩倉織田家といった勢力が入り乱れ、織田家といっても統一された国ではなかった。そもそも父の信秀は力によって台頭してきていただけで本来、大和織田家の家来だったらしくなんだか面倒くさい。


 それに弟の信行は不満げな視線を向けてくるし、兄の信広は母の身分によって家督を継げなかったがまだ家督を狙っているようで、表立っては争わないが一枚岩とは言えなかった。


 家臣たちも俺の能力に不満があるようで信広、信行について行くものも多くいるし、重臣たちは力を持ちすぎて言う通りに動いてくれないことも多かった。


 信長の妻にしても詳しくは知らないが帰蝶という人がいたはずなのだがと俺はいつになったら妻を持てるんだ。


 なんか違うなと思いつつも、俺自身教科書レベルの知識しかないのでこんな感じだったのかなと納得していた。


 そして、永禄六年(1560年)――奴が来た。


 駿河の大名、今川義元だ。そう、俺でも知っている有名な戦い桶狭間の戦いが起きようとしていたのだ。


 ――よっしゃー、ここで俺が義元を倒して、そのまま天下取って、ハーレム築いて、めちゃくちゃ遊ぶぞー。


 と思っていたので楽観的だったが家臣は違った。


 その様子を見ても、俺は彼らが歴史を知らないからそうかと思い、特に気にもとめずに遠足に行くときのような気分で戦を向かえた。


 戦も、小競り合い程度の戦には出ていたのでそれほど怖くはなかったし、歴史を知っていたのもあって大軍を見ても絶望感はなかった。


 その時の俺には絶望的な表情をする平手政秀に笑いかけるほどの余裕があった。


 だが、出陣してすぐに違和感を覚えた。

 俺の元に集まった兵は――たった四百。


「……は?」


 農作業の鍬や竹槍を持った百姓混じりの兵もいる。鎧兜が揃っている者は半分もいない。


 装備もそうだがなんだか強そうな兵士も居ない。俺の側近の政秀はもう枯れ木のようなお爺ちゃんだし、恒興は美少年のような感じで強そうに見えない。


「殿、清洲からは『情勢を見極めて動く』との返答にございます」


「……情勢を見極める、ね。要するに動かないってことだろ」


 弟・信行は病と称して屋敷に籠もり、兄の信広も沈黙。つまり今川義元の二万五千に、この四百だけで挑めということだ。


 進軍途中、丘の向こうから溢れ出るような敵軍が見えた。 旗の列は地平線まで続き、槍衾が揃って陽を反射している。


 ――いや、無理だろこれ。


 胃の奥がひやりと冷たくなる。


 ――しかし、引き返せば笑い者。それに史実なら俺は勝つんだし心配する必要はないはずだ。


「……行くぞ!」


 声を張り上げ、四百の兵と共に突撃を命じた。


 が、最初の衝突で三十人が即座に倒れた。

 押し返すどころか、波に呑まれる木の葉のように列が崩れていく。


「殿、お逃げくだされ!」


 甲冑が泥まみれになり、矢が多くささる政秀が俺の背を押し逃がそうとしてくれる。


「どこへ逃げろってんだ!」


 俺は周りを見ても敵だらけで逃げるところなどあるわけがない。刀で一人を斬り伏せるが、多勢に無勢。だが逃げなくてはと思い、背中を向けて逃げ出すがすぐに背中に衝撃。息が詰まり、視界が揺れる。

 

 泥が足を奪う。


 ――逃げられない。


 最後に見たのは、丘の上から見下ろす義元の陣と俺の首を刈り取ろうとする雑兵の喜色満面の笑顔だった。


 ――そして次の瞬間、俺は最初、信長になった時と同じあの天井の下にいた。

 

 あの時と一緒、俺の隣には小姓らしい少年、池田恒興が畏まって控えている。


「信長様、朝餉の支度が整っております」


 その言葉で脳が眠気から覚醒した俺は桶狭間での出来事を思いだす。


 泥の感触、血の匂い、背中を貫いた衝撃――全部が、生々しく蘇ってくる。


 俺は跳ね起き、胸を押さえながら叫んだ。


 「なんだこれ……死んだはずだ!俺は……俺は!」


 言葉が喉の奥で千切れ、息が荒くなる。床を這いずり回り、障子を開け放って外を見れば、何事もなかったかのような朝の中庭。全身が震え、爪が床を掻く。


「信長様!お心をお鎮めください!」

 

 恒興が駆け寄ってくるが、俺は振り払う。


「離せ!これは夢だ、罠だ、呪いだ!」


 叫び散らす俺を見て、周囲の家臣たちはざわめき、やがて「悪霊に憑かれた」との噂が広まった。

 

 数日後、俺は屋敷の奥の部屋に幽閉され、食事もろくに与えられぬまま衰弱して死んだ。


 俺は辛かったがやっと終わったと思った。だがそれは終わりではなかった。


 ――目を開けると、またあの天井があった。


「信長様、朝餉の支度が整っております」


 まただ。今度は確信する――これは死んでも戻る現象だ。


 ただ、その確信は恐怖を薄れさせず、むしろ何度も死ぬのではという嫌悪感を強くした。


 俺は今度こそ現実から目を背け、大人しく、家臣のいうことを聞く殿様を演じることにした。

 

 戦は避け、争いごとには近寄らず、穏やかにと思ったが、そんな俺に弟・信行は牙を剥いた。

 

 家督を奪われ、やがて俺は暗殺された。


 ――目を開けると、またあの天井。


「信長様、朝餉の支度が整っております」


 もう嫌だ。今度は織田家から逃げ出し、百姓として山奥で畑を耕して暮らした。

 米を作り、酒を飲み、病で静かに死んだ――はずだった。


 ――知っている天井だ。


「信長様、朝餉の支度が整っております」


 俺は布団の中で固まった。


 ――これ、もしかして俺が天下取るまで続くのか?


 そう思った瞬間、頭に浮かぶのは初回の桶狭間の光景だ。兵は四百。側近に武の将なし。尾張はまとまらず敵だらけ。

 

 俺が知る歴史の桶狭間とはまるで別物だった。


 なぜ今川に勝てなかったのか。それを知らなければ、何度やっても同じ死を繰り返す――。


 俺は布団を跳ねのけた。もう、逃げるのは止める。


 この時代で生き残るんだと決意を固めた。



 ――

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