第47話 俺とデートしようよ

──翌晩、歌舞伎町。

ルナは黒いジャケットの襟を正しながら、小さな看板を見上げていた。


〈Velvet〉。

昨夜の配信に残された、あの名前。


「……マーケティングの調査」

自分にそう言い聞かせて階段を降りる。

ホストクラブのドアを開けると、シャンデリアの光と甘い香りが流れ込んできた。


席に案内され、周囲を観察する。

ホストたちはテンプレートの営業トークを繰り返していた。

「お姫様、今日も可愛いね」

「次はシャンパンで乾杯しよう」

──数字に置き換えれば単純な「押し売りの式」。


ルナはノートを膝に広げ、客の反応を記録する。

笑顔の持続時間、グラスを持ち上げる回数、沈黙の長さ。


(全部、計測できる。全部、数式にできる……)

「なんだ。時間の無駄だったか」

ルナは席を立つ。

だが、その思考を遮るように、奥の席から笑い声が響いた。


視線を向けると、一人の男がいた。

背もたれに体を預け、ゆったりとした間で会話をしている。

他のホストのように押し付けがましい言葉もない。

ただ、少ない言葉と、柔らかい空気。


それでも、彼のテーブルに座る客は皆、帰ろうとしなかった。

「……どういう事なの」

ルナの指先が震えた。


ふと男がこちらを見た。

目が合うと、穏やかな声が飛んできた。


「……君、焦ってるね」


ルナは背筋を伸ばした。

「焦ってません」

「じゃあ、なんで目が泳いでる?」


沈黙。

「…それは」

言葉が喉で詰まる。


男はグラスを傾け、微笑んだ。

「ほら、今、脳が反応した。

“遅延効果”。

待たせる一秒が、人の心を動かす」


「……あなた、名前は?」

「シュン。Velvetのナンバー3」


「そう。随分と物知りね。あなたどこでその知識…」


彼はそう名乗り、ゆっくりと目を細めた。

「ほら、この一秒で君は俺に興味を持った」


──その言葉が、ルナの中で火種のように灯った。


「ねぇ、月子ちゃん。俺とデートしようよ」

「は?」



この作品は月・水・金・土 21:00に毎週更新します。

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