第43話 月子のコピー

──数日後の夜。


入口のベルが鳴った。

ルナは思わず顔を上げる。

(……この声、聞き覚えがある)


受付で笑っていたのは、あの夜のタバコの客――

セブンスターを吸っていた営業職の男だった。


(ということは、私の出番か……)

ルナは椅子から立ち上がる。

その瞬間、黒服が静かに告げた。


「本指名、秋ちゃんで入ります」


ルナの指が止まった。

クロスが、カウンターの上で小さく滑る。

(……秋?)


フロアに出ると、男は楽しそうに秋と話していた。


「セブンスター?私のおじいちゃんも吸ってたんです。

落ち着く匂いですよね」


男は嬉しそうに笑い、秋のグラスに手を伸ばす。

テーブルの灰皿の角度まで、完璧だった。


(……どういうこと?)


黒服の佐川が、感心したように呟く。

「秋ちゃん、すごいな。完璧だよ」


灰皿の角度、グラスの置き方、声のトーン。

どれも、月子と寸分違わない。


「“月子のコピー”って言われてるの、ほんとだな」

店長の言葉に、秋は照れたように笑った。

「いえ、全部、月子さんから教わったことです」


ルナはカウンター越しに秋の動きを見つめていた。

完璧な所作。

笑い方まで、呼吸の間まで、再現されている。


(……目線の動かし方まで、私と同じ)


グラスを磨く手が、わずかに震えた。

水滴が落ち、カウンターに小さな輪をつくる。

照明がその輪を照らして、ゆらりと揺れた。


(盗まれた、なんて言葉じゃない。

 自分が空になったみたい)


秋の声が響くたびに、ルナの中で何かが剥がれていった。

一拍ごとに、過去の自分が削られていく。

磨き続けた“技術”が、今は他人の手の中にある。


ルナは息を整え、無言で次のグラスを取った。

もう、磨くしかなかった。

手を止めたら、崩れてしまいそうだったから。


その輪の中に映っていた、秋の笑顔。

地獄は、ここから始まった。




この作品は月・水・金・土 21:00に毎週更新します。

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