14話

 打ち砕かれ廃材と化した厩舎、足裏に感じる柔らかく生温かい感触、這いずり逃げ惑う魚面達。それらを踏み超え、獲物を追い詰め鉄塊を振り下ろす。何も考えぬ様にしながら前へ前へと進み続け、捕食と殺戮を続けていく。


「おォ神よ……神ヨ……"疫病"から我らヲ御救いクダさい……」


 亡骸の山頂で死に瀕した魚面が、信ずる神に救いを求めた。血反吐を吐いている彼の様子は、戦火の中で略奪の被害に遭った月教徒の教会で見られるものとほぼ同じものだ。どうやら教義や価値観や信仰する神が違っても、暴力に晒された信徒の最後というものは似通るらしい。


「"疫病"か、懐かしい異名だ」


 彼の祈る手を取り口内へと引きずり込む。歯間に肉が挟まったままの牙で噛み千切り、美味くもない肉を傷を癒すために呑み込んでいく。禁忌を犯している罪悪感から吐き出しそうになるのを我慢して胃を満たすと、波打ちながら肉体が再生していき突き刺さっていた槍を押し出して傷を塞いだ。

 こんな悍ましい化物の技など使いたくはないが、俺は御立派な聖剣も秘伝の技も持ち合わせておらず特別な武の才があるわけでもない。人を辞めた際に授かった虫唾が走る力と長寿で得た経験でしか友の為に戦うことはできないのだ。


「お師匠様……お口直しのお酒は要りますか? 見つけてきましたけど……」

「手に入れた地図が正しいならあと1か所、奴らの住処を全て襲い終えるまでは要らん。口直しをしたところで、どうせすぐに意味が無くなる」


 弟子が差し出した酒を押し返し、血濡れの地図を広げて次の襲撃先を確認する。

 ベーリンと別れ弟子を着替えさせた後、俺達は友が戦おうとしている教団の隠れ家を見つけ出し襲っていた。あいつが戦う際に少しでも楽になるように、命を失わないように敵の戦力を削っている。


「ところでお師匠様、出国なさるのではなかったのですか?」

「その予定だったが、そうするにはちと懐が寂しい。だから予定を変更して、金を持っていそうな連中から奪えるだけ奪って逃げようとしてる。それだけだ」

「成程、ベーリンさんの為なのですね!」

「違うと言っているだろ! まったく、まったく……」


 心中を言い当てた弟子に金目の物が詰まった袋を投げ渡し、体から排出された槍を拾い集める。骨に当たり肉を引き裂いたその穂先は、脂が張り付き所々欠けているが投槍としてならまだ使えそうだ。


「うぉっと、ととっ! あっ――」


 金品で膨らんだ革袋を受け取った弟子は体勢を崩し、地面に尻餅をついた。すると彼女が足元の地面が衝撃に耐えきれずに崩れ去り、開いた大穴が彼女を吞み込んでしまった。心配して覗き込むと、ナールは落ちた先に積まれていた藁の中に埋もれて藻掻いていた。何の空間に落ちたのかはわからないが、ひと先ず危険は無さそうだ。


「こいつは中々、御立派なこった」


 弟子を追って穴に飛び込み藁を掻き分けてみると、そこには分解された攻城兵器や大砲、量産を度外視した最新の銃器といった非常に高価な兵器と大量の木箱が隠されていた。どうやら弟子が落下したのは秘匿された武器庫であったようだ。


「六角形の印! お師匠様、これ全部六角形の焼印が入れられていますよ!」

「そいつがついてるってことは、こいつらは王城の備品。多分城の武器庫から盗み出された……いや、想像も出来んような金額の賄賂を支払って武器庫を管理してる奴に横流しさせたんだろうな」

「そ、それって犯罪じゃないのですか!? とても駄目なことではないのですか!?」

「あぁ、露見すれば族滅は免れん大罪だ。だが露見して裁かれたって話は聞いたことが無い。恐らくだが、多くの貴族が密売に関わっていてお互いに庇い合っているんだろうさ」


 腐敗の証拠に溜息を吐きながら、封をされた木箱を抉じ開け中身を検める。するとその中には目を疑うような物入っていた。それはベーリンの次に仲の良かった仲間、"火薬樽"という二つ名で呼ばれていたドワーフのブロックが肌身離さず持っていた水筒と手製の擲弾であった。

 それらの所持品には付着した血痕を拭き取った痕跡があり、それは1人の友人が既に手に掛けられこの世に居ない事を物語っている。勇者一行の解散後、国王から武器の製造や火薬の調合を統括する職を与えられていた彼は俺達よりも早く異変に気付き、気付いてしまったが故に横流しで利益を得ていた貴族か魔神教徒に消されてしまったのだろう。

 余りにも唐突な訃報であったために、死を情報として理解することは出来ても実感は得られなかった。友を失った悲しみで涙を流すことも、命を奪った者への憎しみから復讐を誓うことも出来ない。


「……少し、不安になるな」

「大丈夫ですよ! お師匠様は強いですし、ナールも付いていますから!」


 感情が沸き上がって来ないことに不安を感じて言葉を零した俺に、弟子は笑みを見せ元気付けようと試みた。彼女の気遣いは見当外れな物ではあったが、その明るさは俺の不安を少しだけ払拭してくれた。


「そうか、そいつぁ頼もしいな。よしナール、武器庫の中からあるだろう火薬を探してきてくれ。友の作品をもう利用できないように派手に吹き飛ばしてから国を出るぞ」

「了解しました! 木っ端微塵にしちゃいましょう!」


 ブロックの武器は放っておいて誰かが使ってしまっては危険な物ばかりであるし、可能な限りは破壊した方がいい。幸いここには火薬も大量に保管されているようであるし、再現すら出来ない程に派手に吹き飛ばしてしまおう。


 地を揺がす炸裂が全てを焼き払い、巻き上げられた砲身降り注ぎ葬送の鐘が如く金音を鳴り響かせる。発生した衝撃は前へと進めと言っているかのように、爆心地から離れた場所を歩く俺達生者の背を押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る