幻影文庫

ささがき

海に還る日

「お盆を過ぎたら海に入ってはいけないよ」

昔から言われる言葉だ。

とはいえ、お盆の帰省で訪れる田舎町では、娯楽も知り合いも、同世代の子供もいない。

少年はいつも海のそばで遊んでいた。

ある時波打ち際でしゃがんでいると、ふと影がさした。

白い日傘を差した少女が立っていた。

少女は言葉を話さなかった。

話し相手が誰もいない少年はそれを気にせず、いろんなことを喋った。

両親のこと、1人で預けられている田舎の遠い親戚の家のこと、昨日裏山で見つけた綺麗な昆虫のこと。


次の年も、その次の年も、少女はいた。

昨年と変わらない姿だった。

少女の変わらない姿に疑問を持つほど世の中を知らない頃だった。


少年は綺麗なシーグラスを見つけた。

珍しい赤色の磨りガラス。

真っ白なあの子に似合うと思って手渡した。

少女は曖昧な表情で手の中のガラスを見つめていた。

その年、少年は引っ越して田舎町を訪れなくなった。

両親が離婚した。


数年後、大きくなった少年は再び海を訪れていた。

あの頃の自分と同じ年頃の弟と一緒に。

父に引き取られた少年と入れ替わりに、弟は母方の故郷である海沿いの田舎町に引っ越していた。

その年の夏、弟はお盆過ぎの波に流されたが、数時間後波打ち際で発見され一命を取り留めた。

弟は手に、赤いシーグラスを握っていた。


少年は赤いシーグラスに穴を開け、紐を通して弟に渡した。

波打ち際に白い日傘の少女が立っている。

弟より少し幼い姿だった。

差し出されたシーグラスのペンダントを、嬉しそうにかけてもらう少女。

夕暮れの日差しに、少女の姿が溶けていった。


翌年以後、しばらく少女の姿は見えなくなった。

少年は今年も海を訪れている。



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


あの子は海月

【ベニクラゲ】:成体がストレスや損傷によりポリプ期へ退行することがあり、「不老不死のクラゲ」として知られる。


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