第百四十話 アイスちゃん♪←アカウント名

 氷室さんが運用している裏垢は、文句のないクオリティだった。

 完全に裏垢女子に擬態している。普段の彼女からは想像できないスケベさを醸し出している。


 これなら人気が出るのも当然だろう。


 やっぱり、変に俺がアドバイスしなくて良かった。

 平凡な俺の意見よりも、非凡な彼女の感覚の方が鋭い。

 おかげで数字が爆伸びしていた。


 その点については嬉しい誤算である。

 ただ、問題も生じているわけで……身バレ問題について、氷室さんはかなり気にしているようだ。


「サトキン、どうしようっ。私、このアカウントで脅迫されるかも……バラされたくなかったら、体を差し出せとか言われたらどうしよう!?」


「そんなエロ漫画みたいなことが起きるだろうか」


 ……でも、うん。

 氷室さんにピッタリなシチュエーションかもしれない。薄い本が熱くなる展開だった。


 ともあれ、この漫画は成年誌ではないのだ。少しお色気シーンはあっても、そういう決定的な描写はないので、その点は大丈夫だと思うが。


「まぁ、マスクで顔は隠れているから大丈夫だと思う。雰囲気も、いつもの氷室さんとは違う……本当に別人みたいだ」


 たしかに、彼女の面影はある。

 実際、容姿も体つきも、氷室さんなので同じだ。


 しかし、纏っている空気感が学校の氷室さんではない。

 いかにも『承認欲求不満』そうな、裏垢女子特有の『私を見て!!』というメッセージが、自撮り画像の節々に滲んでいた。


「で、でも、バレちゃったから……もう投稿はやめた方がいいのかなっ」


「いや。ここでやめたら、彼にますます疑われるぞ。むしろ堂々と続けた方がいい」


 たしかに、クラスメイトの男子に見られていると分かっている状況はやりにくいだろう。

 ただ、やはり投稿をやめると逆効果だ。彼が『俺にバレたから投稿をやめたのでは?』と思わせてはいけない。


「まず、絶対に自分だと認めないこと。氷室さん本人だと疑われても、頑なに否定すればいい。その上で、投稿頻度を落とさないこと。この子は別人だ。氷室さんじゃなくて『アイスちゃん』というちょっとHで承認欲求が強すぎる裏垢女子だ。そういうことにすればいい」


「う、うん。そうだね、この子はアイスちゃん。私じゃない……私じゃないっ」


 人格をあえて分離することで、恥ずかしさは軽減できるだろう。


 アイスちゃんというキャラクターを演じること。

 それが、彼女の心をちゃんと守ってくれるはずだ。


「……ありがとう。さっきまで動揺してたけど、別人だと思えばなんとかなるかも」


「それは良かった。ただ、思い切ったアカウントにしたな……」


「でも――最上に勝つなら、これでもまだ足りないんじゃない?」


 やはり、覚悟が違う。

 一週間前。バニー姿の最上さんを見て、氷室さんはかなりの衝撃を受けたのだろう。

 ここまでやっても、まだ及んでいない。そうやって現状をシビアに見ている。


 実際、その通りだ。

 最上さんのバニー姿と比較したら、たしかに少し物足りないかもしれない。


 しかし、これで光明が見えたのは事実だ。


「……そういえば、アウトスタガラムはどんな感じだ?」


「そっちは意識高い系でやってみたけど、あんまり調子は良くなさそう。金銭面で厳しいかも……パパ活とかすれば、たぶんもっと伸びしろはありそうだけど」


「いや、パパ活はアウトだ。それは君の魅力を落とす」


「うん。だから、こっちは期待できないかもね」


 たしかに、パパ活をしてタワーマンションとか高級寿司店とかで写真が撮れたら、それはそれで数字が伸びるだろう。あるいは、大人の女性みたいにブランドアイテムの自慢投稿や、ナイトプールや海外旅行、あるいは水着姿の投稿も、効果的かもしれない。


 しかし、そういった活動には資金が必要だ。

 高校生にはやはり厳しいだろう。


「よし。イックスの投稿に集中しよう。てっくたっくも、やり方次第ではうまくいくかもしれないが……俺だと、かなり時間がかかりそうだ。すまない」


 自分の力不足については、彼女に謝罪しなければならないだろう。

 力を貸す、と偉そうなことを言った結果がこれだ。結局、彼女本人の力に頼っている現状を、申し訳なく思う。


 だが、氷室さんは首を横に振ってくれた。


「――ううん。サトキンのおかげで、私は覚悟を決められた。あなたの力は、大きかった」


 ……本当に、変わったな。

 俺のことは苦手と、ハッキリ言っていたのに。

 まさか、優しい言葉をかけられるとは、思っていなかった。


「幼いころから、物事に熱中できる性格じゃなかった。何事も、少しやればできるようになるし……性格が、変に冷めている自覚がある。だから、こんなにやる気が出ているのは、サトキンのおかげ」


 彼女を覆っていた氷が、溶けるかのように。

 冷たかった氷室さんは今、熱く燃えているみたいだ――。







【あとがき】

お読みくださりありがとうございます。

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これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m

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