第十八話 モブヒロインとのささやかな思い出

 女性と二人きりで出かける。

 その一文だけを見たら、これはもうデートなのかもしれない。


(……いや、デートならオシャレな場所に行かないといけないし、それは違うか)


 イタリアンのレストランとか。

 ブランド店でショッピングとか。

 高級車でデートとか……って、選択が大人すぎる上に、偏見もあるな。もちろんこんな煌びやかな経験は一度もないのだが、それはさておき。


 まぁ、高校生でもラーメン屋に行くデートなんてないか。

 だからこれは、単なるおでかけにすぎない。あまり気負わなくていいだろう。


 最上さんの方も、別に俺のことを意識しているわけではないように見える。

 今、隣で歩いているが……足取りはすごく軽い。上機嫌で、なんだか楽しそうだった。


「ねぇねぇ。佐藤君、ラーメン屋さんってどんな感じ? わたし、行ったことなくて」


「お店によるな。チェーン店は他の飲食店と変わらず過ごしやすいが、個人店になると雰囲気が激変する。場所によっては男……しかも、おっさんしかいない」


「きょ、今日もそういうところにするの?」


「安心していいぞ。今日は別に、そこまで攻めようと思ってないからな」


 一人ならあるいは、その可能性もあったが。

 しかし、なんだかんだ最上さんも一緒なので、有名店でいいだろう。


「……で、でも、好きなところでいいからね? 佐藤君にお礼がしたくて来てるんだから、遠慮しないで大丈夫っ」


 健気だなぁ。

 そういうことであれば……初めてならもっと癖のないところ無難な店に行こうかと思っていたが、俺が一番好きなチェーン店に行こうかな。


 と、いうことで。

 向かった先は、駅前にある天下で一品を提供する名前のラーメン店だった。


「あ、ここ知ってる。有名なお店だよね」


「なんだかんだ、俺はこの店が一番好きなんだ」


 まぁ、初めてのお出かけで女の子と来るべき場所かと言われたら、違う気もするが。

 しかし、味は食うまでもなく美味い。食うけど。


「最上さんって、ラーメン屋に入ったことないんだよな?」


「うん。カップラーメンしか食べたことないかも」


「じゃあ、びっくりするかもな。すごいぞ、ここのラーメンはカップ麺とは違う」


「そうなの? うーん、ラーメンってどれも同じ気がするけどなぁ」


 なんて、入店前は余裕そうな表情を浮かべていたのだが。

 お店に入って、券売機でラーメンを選んで、席に座って……そして届いたこってりラーメンを見て、最上さんは目を見開いていた。


「こ、これって……すーぷ? ゼリーじゃなくて?」


「いや、そこまでじゃないが」


「味は――美味しいっ。え、嘘。こんなに違うんだっ。佐藤君すごい、美味しい!!」


「ああ、分かった。ちゃんと聞こえてるから、声を小さくしてくれ……」


 厨房の店員さんにも聞こえたようで、生暖かい微笑みを向けられた。

 客も笑顔。店員も笑顔。みんな笑顔。なんて優しい世界なんだ。とりあえず俺も一口……うん。漫画の世界でも変わらぬ味。この脳天にガツンとくる旨味がたまらない。


 そんなわけで、二人で食事を終えて。

 二人でしっかりと食べ終えてから、お店を出た。 


「美味しかった~。佐藤君、連れてきてくれてありがとっ。好きな食べ物が増えちゃった」


「俺の方がお礼を言うべきなんだがな。ごちそうさまでした」


「お気になさらず。でも、カット代ってもっと高かったよね? これだけでいいの?」


「うん。だって――もう、十分にたくさんもらったからな」


 大好きな君と、こうして二人で食事ができた。

 しかも、美味しいと笑ってくれて、俺が好きな食べ物を好きになってくれた。


 満足そうな笑顔を見ると、心が満たされていく。

 こうやって、最上さんが幸せそうにしてくれることが……何よりも、嬉しい。


(もう、こうやって俺と出かけることはないだろうからな)


 最上さんがモブヒロインを脱するまで、あとわずか。

 もうほとんど準備は終わっていると言っても過言ではない。


 あとは、夏休みが終われば……もう、その時は来るだろう。

 彼女が登校して、真田と顔を合わせた時……物語が動き出す。


 俺は、それまでのつなぎでしかない。


 夏休みが終わるまで、あと一週間。

 俺が、モブ子ちゃんと親しくしていられるのも、あと一週間。


 だから、このわずかな瞬間の幸せを、俺は噛みしめるのだった――。





【あとがき】

お読みくださりありがとうございます。

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これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m

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