第4章 頬をなぞる冷たい熱
美希の告白は、あれからずっと頭の片隅にこびりついていた。
白い着物の女が、馬乗りになって——全身を舐め回した。
そんな話、本気で信じられるはずがない。
だけど、美希の蒼白な顔と震える声を思い出すたび、軽く笑い飛ばすこともできなかった。
その晩、私はいつも通りベッドに潜り込み、スマホでSNSを眺めていた。
指先の動きがだんだん鈍くなり、画面が滲み、瞼の裏に暗闇が広がっていく。
スマホを伏せ、吐息をひとつこぼして目を閉じた。
——気づくと、私は見知らぬ部屋に立っていた。
灯りはなく、湿った闇が空間を満たしている。
どこか遠くで、水滴が一定の間隔で落ちる音。
その合間に、百合の花のように甘く濃い香りがふっと漂った。
背筋の産毛が逆立ち、肌の表面にじわじわと熱がこもる。
足音はしない。
ただ、空気の密度が変わる——ゆっくりと、何かが近づいてくる。
その気配が、まるで薄い布越しに触れられるように肌を撫で、心臓をひときわ強く打たせた。
女だった。
肩から胸にかかる長い黒髪が、光もない空間でゆらりと揺れる。
顔は影に沈み、輪郭すら見えない。
けれど、その吐息と、肌を包むぬるい空気だけは鮮明だった。
ためらいもなく、指先が私の頬に触れる。
最初は氷のように冷たい。
……だが、一拍置いてから、その冷たさがじわじわと快楽に変わり、
芯から溶かされるような熱が全身へ広がっていく。
耳の下を指の腹がゆっくりと滑り、止まる。
耳元で、雫が落ちるようなかすれた声がした。
けれど、言葉は水底に沈み、形にならないまま消えた。
はっと目を開ける。
暗闇。
遠くで車の音がするだけの、見慣れた私の部屋。
夢だ……そう自分に言い聞かせる。
けれど、頬にはまだ生ぬるい感触が残っている。
指先で触れると、そこだけが火照っていた。
——それから数日おきに、同じ夢を見るようになった。
女は決して顔を見せない。
ただ頬や首筋に触れ、温もりと吐息を残して消える。
怖い……はずなのに、どこかで心地よさを覚えている自分がいた。
そしてある朝、ふと気づく。
触れられた場所は、目覚めた後もまだ温かい。
その瞬間——
これが「ただの夢」ではないかもしれない、という考えが、初めて私の中に形を持った。
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