第19話 理解を示したとて

 あれから僕は翔宇くんと会話をしようと試みた。何事もまずは会話をしないと始まらない。すれ違った時や食事中、任務終わりなど隙があればコミュニケーションを取ろうとした。


 しかし結果は惨敗。行動を起こし始めた時と変わらない。むしろウザがられているくらいだ。話しかけてもほとんどスルーされる。

 しかし行動を起こさなければ何も変わらない。僕は思い切ったことをすることにした。


「待って翔宇くん!」


 すれ違いざまに腕を掴む。ただ、咄嗟に掴んでしまったから何を話していいのかわからない。翔宇くんからの冷たい視線が痛い。いや、それでも勇気を出さないと。


「あの、一度ゆっくり話したくてさ」

「我は話すことなんてないアル」

「うっ、いや、僕が話したいんだ」


 そう伝えれば翔宇くんは怪訝な顔をしながらも耳を傾けてくれた。それに安心して、僕も話し始める。


「雄大から聞いたんだ、翔宇くんのこと。苦しいことは一人で背負わないでほしいんだ。僕もずっと苦しんでた。だからさ、一緒にっ!」

「白々しい」

「えっ……」


 翔宇くんが眉間に皺を寄せ、こちらを睨みつける。その軽蔑の視線に思わず息が止まる。


「ぼ、僕はただ!」

「我は別にお前らと馴れ合いたい訳じゃないヨ。勝手に理解した気になるんじゃないアル」


 腕を捻り、無理矢理僕の手を離す。そのまま翔宇くんの姿は遠ざかっていった。僕はただ呆然と立っていることしかできなかった。




「うっ、ヒック、ぐすっ……」

「ああもう、ほら泣くな」


 保健室で愛鈴に慰められる。あの後、しばらく動けなかった僕を心配して、保健室へ連れていってくれた。体調が悪いと勘違いされたらしい。

 結局は違くて現在、環木さんと愛鈴に挟まれ号泣している。愛鈴は少し焦っているが、環木さんはいたって冷静だ。


「あの話初めはアカンは湊くん。本人の苦しみは本人にしかわからんのよ。湊も、勝手にわかった様に言われたらムカつくやろ」

「確かに、そうです……」


 環木さんにそう言われ、反省する。改めて考えれば良くないことをした。あまり親しくもないのに急に過去に触れられるのは気持ちが悪い。冷静に自分の行動を振り返れば振り返るほど気分が沈む。


「そんな気にせんでも大丈夫や。相手も湊くんに悪気がないことくらいわかっとるよ」

「それって、そのほうがタチ悪いんじゃ」

「うぅん……。まぁ、プラスに考えようや!な?」


 ハッキリしない返答。今までの翔宇くんのことを考えるとこれからのことはあまり思わしくない。これから関係を修復できるとは正直思わない。


「もういいんじゃねぇか?アイツはあまり手の内を見せないタイプだ。最近ずっと翔宇と組んでるらしいけど、諦めも大事だぞ」


 確かに、もう手を引いた方がいいのだろうか。これ以上何かやっても関係が悪化するかもしれない。それなら最低限の溝で済ませた方が良いのではないか。


 いや、なんだかそれはいけない気がする。今ここで彼に歩み寄らなければ、一生そのままなのではないか。でも、それは本当に正しいのか。


「愛鈴ちゃん、そないなこといわへんの。湊くんのやりたいようにやったらええ。勘ちゅうんは大事やよ。変に諦めたら、ずっと後悔してまうし」

「そうだな。なんだかアタシも湊なら大丈夫な気がするんだ。やらない後悔より、やる後悔だ!」


 そうだ、やってみよう。僕はまだ翔宇くんのことを全然わかっていない。それなのにわかった様な口を聞くのはお門違いだ。

 もっと彼のことを知ろう。知る努力をしよう。これがたとえ偽善でも、自己満足でも、きっとそれは無駄にはならない。


「さっきよりいい顔してるじゃねぇか」

「もう大丈夫そうやね」

「はい、ありがとうございます。愛鈴もありがとう。僕やってみるよ」

「おう。気張ってけよ!」


 さっきまでの迷いはもうない。少しずつでも彼のことを知っていこう。彼が受け入れてくれるとは限らないが、それでも何もしないよりかは断然良いはずだから。

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