第17話 妙なこと
ルーファス殿下とのお茶会も終わり、帰宅しようと馬車に乗り込んだ私であったが、ここで思わぬ邪魔が入った。
「あ、ちょっと。ごめんね、いいかな?」
「え」
馬車の周りにいた護衛たちを押しのけて、ひとりの青年が我が物顔で乗り込んできたのだ。同乗していたアビーがぎょっとするのがわかる。しかし侵入者の顔を見て、文句を口にするのはやめたらしい。賢明な判断だと思う。
「僕たち、お会いしたことありますよね?」
人懐っこい笑みを浮かべた青年は、己の顔を指さしながら私と向かい合うように腰を下ろしてしまう。なんとも勝手な振る舞いだが、誰も注意をしない。それは私も同様である。
「えぇ、何度か」
背筋を伸ばしたままに応じると、ジェラルド殿下が「ですよね!」と嬉しそうに頷いた。
突然やって来た青年は、第二王子であるジェラルド殿下であった。無邪気な様子で「突然すみません」と眉尻を下げる彼は、どうやら私の姿を見かけて追いかけてきたらしい。兄であるルーファス殿下の婚約者を確認してやろうという気持ちは、わからなくもない。私も同じ立場であれば、探りを入れたくなる。第二王子への挨拶は、婚約が正式に成立してからだ。あまり先走ると、いらぬ噂が立ってしまうから。周りも慎重になっているのだ。
しかし第二王子は好奇心を抑えられなかったらしい。その気持ちはよく理解できるので、私も精一杯に愛想よく応じることにした。
「この度はおめでとうございます。ようやく兄の婚約者が決まって、僕もほっとしているのですよ」
「ありがとうございます」
「少々偏屈なところはありますが、優しい人ですから。弟である僕の相手も嫌な顔ひとつせずにしてくれて。そんなに心配する必要はありませんよ」
「ご兄弟、仲がよろしいのですね」
「いや普通ですよ。でもそう見えるなら嬉しいですね」
にこにこと会話を続けるジェラルド殿下は、噂通りに人懐っこい。パーティーなどで何度か言葉を交わしたこともあるが、彼の印象は出会った頃から変わらない。あまり敵を作らないというのは、彼最大の長所だと思う。
私とルーファス殿下の婚約を歓迎するような素振りを見せるジェラルド殿下は、事実心の底から安堵しているようであった。ジェラルド殿下にも婚約者はいるのだが、ルーファス殿下が婚姻しないためになかなか進展がなかった。ただでさえ第二王子のジェラルド殿下が目立っている状況である。そんな中、第一王子を差し置いて先に結婚なんてすれば、やはり後継者は第二王子にという声も上がってくるだろう。
私の印象では、ジェラルド殿下は兄に代わって表舞台に立ち続けてはいるものの、兄を差し置いて後継者の座を狙っているようには見えない。おそらく本音では政治に関わりたくないのだろう。なので、さっさと兄に跡を継いでほしいと願っているような節がある。
私としても、後継者争いに巻き込まれるのはごめんなので、ジェラルド殿下の態度にはちょっと安心した。
にこにこしていたジェラルド殿下であるが、突然困ったような雰囲気を出して周囲を気にする素振りをみせた。狭い馬車に同乗していたアビーが、空気を読んで無言で馬車をおりる。途端に馬車の扉を閉めてしまうジェラルド殿下は、申し訳なさそうに「すぐに済みますから」と言った。独身の女性と狭い空間でふたりきりになるなど本来は褒められた行為ではない。だが彼はうまくいけば将来的に義理の弟になる存在であるし、なにより雰囲気からあまり口外できない話をしたいのだろうと察した。わざわざ帰り際の私を追いかけてきた点からも、事の重大さが理解できる。
「もう聞きました? 兄の魔力について」
抑えた声で問われた私は、先程のルーファス殿下とのやり取りを思い出して小さく頷いた。やはりその話題か。どうやら王族の間では、ルーファス殿下の膨大な魔力については極秘扱いになっているらしい。
「はい。先程」
途端に破顔するジェラルド殿下は「よかった」と息を吐く。
「兄はちょっと人より魔力が多くて。それで随分と苦労しているのです。ですがセレスティアさんの噂を聞いて、もしや貴方がいれば兄ももう少し楽に生きられるのではないかと」
私とリチャードが婚約破棄したと知ったジェラルド殿下は、私のことをルーファス殿下に推薦したらしい。やけにすんなり次の婚約が決まったものだと不思議に思っていたのだが、どうやら初めから私の特殊体質を目当てにしていたらしい。なるほど、なるほど。
まぁ、もともと政略結婚だしね。別に体質目当てであっても文句はないのだが、少々もやっとはするよね。
「セレスティアさん」
「はい」
向かいに座ったジェラルド殿下が、姿勢を正した。そのまま頭を下げる殿下に、慌てて「やめてください」と腰を浮かせた。
「セレスティアさん。どうか兄のこと、よろしくお願いします」
「そんな……。こちらこそ」
一度婚約を破棄された身である。拾ってもらえるだけありがたい。
ふわりと微笑んだジェラルド殿下は、兄想いのいい弟だと思う。
※※※
「セレスティア。最近、毎日のようにどこへ出かけているんだ」
「……散歩?」
首を傾げながら答えると、兄のローレンスが「なぜ疑問形なんだ」と半眼になる。突然私の自室に押しかけてきた兄は、我が物顔でソファを占領している。
「散歩にしては長くないか。昼前に出かけて、帰ってくるのは夕方じゃないか」
「思ったよりも散歩がはかどって?」
「そんなわけないだろう」
冷静に返してくる兄は、「変なことはしていないだろうな」と疑いの目を向けてくる。ルーファス殿下との婚約が成立した今は、間違いなく私の人生にとって大事な時期である。変なトラブルに巻き込まれて、婚約がまたもや破棄されては堪らないという兄の本音が透けて見える。流石に二度目の婚約破棄は、私だってごめんである。
「一体毎日のように何をしているんだ」
黒狼を探して森の中を駆けまわっています! なんて言えるわけがない。
乾いた笑みを浮かべるが、兄の追及は緩まない。じとっと凝視されて、すっと顔を背けておく。
「セレスティア」
わざわざ向かいに回り込んできた兄が、真剣な表情で私の顔を覗き込んできた。目力強く見つめてくる兄は、眉間に深い皺を刻んでいる。
「頼むから、妙なことはしないでくれ。いや、別にセレスティアのことを疑っているわけではないのだが」
後半もごもごと言い訳めいた言葉を並べる兄は、確実に私のことを疑っていた。だが、兄の気持ちも理解はできる。結婚を控えた大事な時期に、毎日のように護衛のクラークだけを引き連れて外出する妹。兄として、心配になって当然ではないか。一体どう誤魔化すべきか。
少しの間思案してみるが、なにもいい言い訳が思い浮かばない。結婚を控えた令嬢が連日のように街へ出かける用事ってなんだろうか。まったく思い浮かばない。
「少し遠くまで足を伸ばしているのです。本当にただの散歩です。あまりに楽しくて、ちょっと帰るタイミングを逃してしまって」
結局、そんな言い訳しか出てこない。途端に真顔になってしまう兄は、しばらく考え込んでしまう。そんなわけないだろ的な空気をひしひしと感じる。眉間の皺が、ますます深くなっていく。やがて大袈裟なため息を吐いた兄は、「くれぐれも妙なことはしないでくれよ」と言い添えた。
「もちろんです。私がやっているのはただのお散歩ですからね。妙なこととやらをやる暇もありません」
「……うん、そうか」
遠い目で頷く兄は、やはり私を信じてなどいなかった。
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