第4話 兎
冒険者になると決めた私の行動は早かった。
普段から私の護衛を務めているクラークを誘って、とりあえず冒険者ギルドにて登録をすることにした。
「なぜ俺を巻き込むんですか」
「これも仕事だと思って諦めて」
公爵家の私営騎士団に所属するクラークは、黒髪黒目の真面目な男である。口の堅さを見込んでの人選である。
ぶつぶつ文句を言いながらも付き合ってくれるクラークは、腕も確かなので冒険者に相応しい。元々私の護衛を任されていることもあり、たいして説得しなくても私が冒険者ギルドに向かえば当然のように付き従ってくる。常に私が見える位置にいないと護衛はできないからだ。
両親や兄に知られると反対されることが目に見えているので、計画は内密に進めることにした。大丈夫。日中に少しだけ冒険者業をやるだけだ。明るいうちに屋敷に戻ってこなければならないので、どうせたいした活動はできない。そこまで危険に巻き込まれる可能性もないだろう。
渋るクラークとの間で、危険なことはしないと約束させられる。普段あまり使用する機会がないだけで、私もそこそこ魔法は得意である。きちんと仕事を選べば、問題なく冒険者業を行えるはずである。
けれども素顔のままで外を出歩けば、顔見知りに会った際にとても面倒なことになる。私の知り合いは貴族のご令嬢やご令息ばかりなのでギルドで鉢合わせる心配は少ないかもしれないが、王都にいる以上どこですれ違うかわかったものではない。
それにご令嬢たちとはすれ違わなくても、貴族屋敷に仕える使用人たちに見られる可能性は非常に高い。私は公爵家の長女である。それなりに社交界では有名なので、一方的に私の顔を知っている人々が大勢いると思われる。
ラミレス公爵家の長女セレスティアが冒険者ギルドに出入りしているなんて噂が広まった日には、母が失神する可能性がある。生粋のお嬢様育ちの母は、長女である私にはお淑やかな生活を送ってほしいと考えているらしい。私の立場も考えれば、それも当然の願いだろう。
「どう? 似合ってる?」
鏡の前でくるりと回ってみる。回っても裾が広がらないのが新鮮だ。ズボンなんてほとんど初めて履いたかもしれない。足がぴたりと覆われているのが実に慣れない。
自慢の長い銀髪をひとつに括って、シャツのボタンをきっちり留める。化粧はせずに、上着を羽織ってなるべく質素な格好を心掛けてみた。
派手な化粧をしないだけで随分と印象が変わる。アビーに用意してもらった男性用の衣服に身を包んだ。これでなんとか細身の男に見えるだろう。満足する私とは対照的に、クラークは眉間に皺を寄せる。
「なんと言いますか。小綺麗ですね」
「それって褒め言葉?」
雰囲気的にたぶん違う。
案の定、クラークは「冒険者にしては身なりが整い過ぎていて不自然です」と言う。
「そんなこと言われても」
これでもアビーが精一杯頑張ってそれらしい装いを準備してくれたのだ。私の冒険者業に本音では反対のアビーは「これ以上どう汚くするって言うんですか!」と肩を怒らせる。あまり無茶は言えない。
「じゃあ私は行ってくるから。くれぐれも内緒で頼むね」
これ以上この場に留まると、アビーがやっぱりダメと言いかねない。彼女の気が変わらないうちに、そそくさと公爵邸をあとにする。正門から出ると門番をしている騎士に止められるので、普段は人の寄りつかない裏口から外に出る。
「なんだかわくわくしてきた!」
同意を求めてクラークを振り返るが、彼はしきりに周囲を見渡して「本当に行くんですか?」と弱気な発言を繰り返す。ここまできて、何を言い出すのか。今更引き返すという選択肢はない。
こうして、私の冒険者セレスとしての生活が幕を開けた。
※※※
私の冒険者業は、それなりに順調である。
最初こそ戸惑うことも多かったが、クラークの手助けもありここまでやってこられた。今では迷うことなく冒険者ギルド内を歩けるまでになった。
だが、冒険者としてのランクはあまり上がらない。
「やっぱりもっと高ランクの魔獣を相手にしないと」
「いいじゃないですか。兎でも」
やはり明るいうちに屋敷に戻らなければならないという制約が足を引っ張っている。おまけにクラークが依頼を選定するので、なかなか難しい依頼を受けられないのが現実だ。
「たまにはもっと冒険してみないと。冒険者なわけだし」
「俺にお嬢様の護衛をしながら魔獣の討伐もしろと? 無茶言わないでください」
「自分の身は自分で守るのでお構いなく。それとお嬢様って呼び方はやめて」
あまり早朝から出かけると、家族に疑われてしまう。そのためいつも人の少ない時間帯に残り物の依頼を受けるだけ。
本日も森の入口付近に生息する兎の捕獲依頼しかゲットできなかった。
黙々と足を進める私のあとを、クラークがぴたりとついてくる。すんなり森に到着した私たちは、早速兎の捕獲に乗り出した。
「よし! やるか」
お守り代わりの剣にそっと触れる。
冒険者をやると決めたときに買ってみたのだが、公爵家の長女である私が剣術なんて知っているわけもない。一応クラークに基礎的なことは教わったのだが、あまり身についていない。そもそも剣術を真面目に習って剣ダコなんてできた日には、母が「どうしたの!?」と大騒ぎするのが目に見えている。
なので私の戦い方は魔法中心である。
剣は、なんとなく冒険者っぽくてかっこいいから買っただけ。まぁ、形から入るのも悪くはないだろう。
森の浅いところには、薬草採取をする人たちもいる。危険な魔獣が出ない分、あまり力のない冒険者や子供たちがいたりする。そのため魔法を使う際には周囲に害が及ばないよう最大限に気をつけなければならない。
幸い今の時間帯は人が少ないらしい。近くに人がいないことを念入りに確認してから、右手に意識を集中させる。少し後ろに控えるクラークは、見守る体勢に入っている。
木々の根元を注視する。しばらく待てば、草花が揺れた。緑色の草の合間から一瞬だけ白い毛が見えた。
それを狙って素早く魔法を放つ。あらかじめ魔力を込めていたので、ほとんど反射で打った。小さく光を纏った氷魔法が、兎に命中した。突然の冷気に晒されて、意識を失ったらしい。
ぺたんと地面に伏せた兎を確認して、クラークを振り返る。
「お見事です」
淡々と拍手するクラークは、素早く兎を回収すると「では戻りましょう」と踵を返してしまう。
「一匹だけ?」
「そんな兎ばかり何匹もいりませんよ」
正直、まだまだ満足とは程遠い。
うんと伸びをして、青い空をぼんやり眺める。
「あー、魔獣の討伐とか行ってみたいな」
私の呟きに、クラークは知らん顔で遠くを見つめている。冒険者になると張り切っていたはずだが、そんなに物事はうまく進まないらしい。
「戻りましょうよ。あまり屋敷を空けると不審に思われますよ」
兎を抱えたクラークに急かされて、ため息を吐く。目当ての兎を捕まえた以上、長居しても意味はない。お金を稼ぐことが目的でもないので、そんなに何匹も仕留めたって仕方がない。
それにいくら昼間とはいえ、これまでのんびり屋敷で過ごしていた私である。あまり頻繁に外出しては、なにかと疑われてしまうだろう。
「……そうだね。戻ろうか」
「はい」
露骨に安堵するクラークと共に、元来た道を戻る。もう少し時間が経てば、森の奥へと向かった冒険者たちが帰宅してくる頃合いである。そうなるとギルドが混み合ってしまい帰宅が遅くなってしまう。
どうやら冒険者として自立するのは、そんなに簡単なことではないらしい。
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