第32話 遠かった目標
ゼルぺリオ領中央、やや西寄りにある、街道沿いの街の一角。
「ああ、良かった。やっと追いついた」
若い男が一人、安堵の声を漏らした。レイボルト家の使用人、ケインである。
オージンたちを追っていた彼は、街道沿いの街で、整列している兵士を見つけたのである。そして。
「ちょっと、そこの兵士さん。僕はレイボルト子爵家の執事、ケインと言います」
「え? あ、ああ」
「早速ですが、子爵からオージン兵士長への伝言です。遠征費が財政を圧迫しているので、魔物を多めに狩って資金に余裕を作って欲しい、と」
「は? ちょ」
「では僕はこれで。伝達のほど、頼みましたよ」
最後尾の兵士にそう伝え、彼はその場を去った。
子爵であるマルドス本人から「お前は余計な金を使うなよ」と厳命されていた彼は、発着場で見かけた帰り方向の乗合馬車を逃したくなかったのである。
既に定員近くの客が集まっていて、間に合えば割安で乗れることが分かっていたから。
相手の兵士は面食らっていたが、こうして伝言を頼むのはレイボルト領ではよくあること。そしてケインが今言った程度の情報量であれば、何人かを経由しても、いつもほぼ正確に伝達できている。だから、伝言を兵士に預けたこと自体は、問題のないことだった。
その兵士がレイボルトの人間だったのならば。
ケインは知らなかった。レイボルトの軍勢を監視するためにゼルペリオの軍勢が一緒に移動していた、ということを。
「……なあ、俺らって、レイボルトに見えるのか?」
こうして一方的に伝言を聞かされたゼルペリオ兵は、隣でそれを聞いていた同僚と顔を見合わせ……
「……というわけなんですが、どうしましょう隊長?」
「……こちらとしては奴らに教える義理はないが、不憫だから教えてやれ。ついでに、この時季の魔物じゃあまり稼げないってこともな」
念のため、上の判断を仰ぎ……
「あ、そ、そうなのか……?」
「あ、ああ……」
レイボルト兵の一人に声をかけ、気まずい気持ちで伝言を伝えた。
そして新たに時季の情報を加えた伝言は、レイボルト兵の間を伝わって行き……
「なるほど、今の時季は魔物を多く狩らなければ費用の調達は難しい、と」
情報量が増えたことで、正確に伝達されなくなり……
「ほうほう、今は魔物が多く狩れる時季、資金には余裕が見込めると。さすが我が当主! よし、明日には森に着く。今日は金に糸目をつけず、皆の英気を養うのだ! はっはっは!」
オージンに伝わる頃には、完全に原型を失っていた。
「……なあ、俺、ちゃんと伝えたよな?」
そして最初に伝言を聞いたゼルぺリオ兵は、自分に付き添ってくれた同僚と共に、レイボルト兵の散財ぶりに首を傾げるのだった。
◇
「さて、ここまでは予定通り、じゃな」
「そうだったかしら……」
夜。
夕食を終えた儂は、寝室に戻り、さっそく使い魔の契約を交わすことにしたのじゃ。リサが何か言うておるが、準備は万端じゃ。
「バーチスが嘆いてたわよ。ポーラを働かせ過ぎたって」
「私はまだまだ修行が足りないようです」
またリサと、今度はさらにネイシャが何かを言うておるが、準備そのものは万端じゃ。
ちなみにネイシャには、ポーラが運び出された後、顔ひまわりを見せた。するとその瞬間、顔ひまわりが細切れになっておった。
本能で敵と判断したネイシャが、手刀を連発したらしい。
じゃが顔ひまわりは、細切れの状態から復活。ネイシャが再び細切れにしたが、再び復活。ついに、今日一日のネイシャの疲れをすっきりと癒すことになった。そして癒されたネイシャは雪辱を誓い、魔力を断ち切る技を編み出すという目標を立てたのじゃ。
リサが別室で、サティアに、あの妖精のことは人に言わないように、と言い聞かせる間の出来事じゃった。
で、じゃ。
「宝珠には……しっかりと捉えられておるな」
「はい。一番強そうなのを捕まえてきました」
儂が宝珠を覗き込むと、ネイシャが得意気に説明した。
宝珠の大きさは儂の両手に余る程度。無色透明のその球体の中心に、魔物を閉じ込めておる証である、黒い靄のようなものが浮かんでおった。
リサが宝珠を手に取って台座を弄ると、封印されておった魔物が解放される。そして……
「ずいぶん大人しいの?」
「観念しているのかしら?」
しげしげと見つめる、儂とリサ。
今日ネイシャに行ってもらったのは、ケイブスワローの群れが棲む洞窟。この魔物はツバメそっくりの姿かたちなのじゃが、洞窟のような暗い場所を好む。暗い場所でも魔力を使って周囲の様子を感知することができるからじゃ。
して、ネイシャが捕まえたその一羽は、逃げたり暴れたりする様子もなく、じっとその場に佇んでおった。不思議なまでの落ち着きようじゃ。
まあ、じっとしておるのなら都合が良い。
「ぐぬぬぬぬ、はあっ!」
儂はひまわりの杖を手に取り、契約の魔術を放った。どこか久々な気がする、2回転での発動。
放たれた魔術は光の粒となり、儂と魔物との間を架け橋のように結んで……
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