第30話_“見つけたよ”ゲームの日(End)
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、二階廊下の中央に小さな受付ができた。机の上には名札とチェックシート、そして銀色に光る丸い缶バッジ――中央に🔍🪞が描かれた“探偵バッジ”。純一が胸を張って宣言する。
「本日限定イベント、『“見つけたよ”ゲーム』スタート! 三ポイント集めたらバッジだぞー!」
「安全管理は私が見ます。走らない、押さない、見つけても“引っ張らない”」
彩加が指で三本立てて念を押すと、有里が地図を配った。地図には校舎の“糸禁止ゾーン”が青で塗られ、今日の“観察ポイント”が星印で示されている。
藍は黒板用カードを掲げ、短くルールをまとめた。
① 斜め下からライトを当てると“見える線”がある(斜光)
② 角と端をよく見る(擦れ・糊かす・引き角度)
③ 透明な糸や細テープを見つけても触らない(先生へ・🔍🪞カードを貼る)
「見つけたら『見つけたよ』と大きな声。判定は二項目以上一致したら○。迷ったら“保留”。――はい、開始」
ポイント①:図工室前掲示。
補助の白糸が上辺に一本、はっきり見える。だが狙いは“白糸の影の出方”。有里が短く説明する。
「光の角度で影の太さが変わる。細い線が見えるってことは、同じ角度で“透明”も見える」
四年生の子がスマホライトを床すれすれから当て、白糸の影が細くなる瞬間に小さく声をあげた。
「みえた!」
純一が即座に飛んでいき、シートに○を一つ。
「“角度”のポイント、ゲット!」
ポイント②:放送室のドア。
ノブの上に“白糸ガイド”、角には“鳴るマット”。翔也が通行導線を区切り、順番に体験してもらう。
「白糸は“見えるガイド”。もし透明だったら? ――そう、見えないから危ない。だから白で見せてる」
一年生が恐る恐る角に近づき、マットが「ピッ」と鳴る。驚いて笑ったその子に、彩加がしゃがんで目線を合わせる。
「音が鳴ったら“注意”の合図。ここには糸を付けません。――覚えられたね」
判定は○、○。保護者ボランティアのカロリーナが「Good learning!」と親指を立てる。
ポイント③:二階曲がり角。
床にL字の白ライン。昨日“磨かれた細帯”があった場所だ。藍が静かに問いかける。
「“見える線”と“見えない線”。どこが“引き角度”になりやすい?」
六年の男子がラインの内側、角のちょうど45度の位置を指した。
「ここ。人が曲がるとき、ここに立つと“引ける”から」
「正解。だから“ラインの内側は立たない”。――見つけたら?」
「先生へ、🔍🪞カード!」
声がそろい、カードが一枚、角の壁に貼られた。
ポイント④:体育館入口。
取っ手から三メートル“青地の禁止ゾーン”。ジョシュアが英語混じりに説明する。
「Blue zone means ‘No lines or tape.’ Because doors can swing.」
低学年にも伝わる簡潔さだ。五年の女子が指さす。
「ここ、両面テープの“剥がし跡”がある」
藍がルーペで確認し、彩加が「触らないでね」と添える。
「糊かす=過去に“何かを貼った”サイン。今は清掃済み、○ひとつ」
その合間に、小さなハプニング。
「先生! 透明の“なにか”、見えた!」
瑛太が廊下の掲示板下、床の目地を指差した。皆が息を呑む。光を斜めから当てると、目地の奥に米粒ほどの透明テープ片。
「糸じゃない。――でも、“糸の通り道”にテープの残り」
藍が慎重に“保留”を宣言する。
「用務員さんを呼んでから外す。見つけたのは瑛太、よく声を出してくれた」
瑛太の顔が少し赤くなる。
「……昨日、黙ってたら危ないって思った。だから、先に言う」
慎太郎がにっこり笑う。
「その“先に言う”、最高の得点だよ」
○が一つ、しっかり記入された。
ポイント⑤:校庭の旗ポール(屋内版ミニ模型)。
風のない体育館の隅に、結香が作った模型が置かれている。糸の長さを変えると、末端の小旗だけが揺れる。
「“選択揺れ”。これで『特定の場所に目を向けさせる』ことができる。――でも、学校では“やらない”」
結香の言葉に、四年の子が手を挙げた。
「やったら、こわい?」
「うん。だから“見える補助”を足して、やりにくくしてる。白い小旗がそれ」
○。模型はすぐに分解され、安全箱に戻された。
受付の机の上、ポイントが次々と加算されていく。
「バッジ、最初の獲得は――」
純一が高らかに読み上げる。
「二年一組・坂田ゆいさん! “斜光”“角”“端”の三つを自分の言葉で説明できました!」
小さな体に大きな拍手。ゆいは照れ笑いしながら胸に🔍🪞をつけた。
続けて三人目までが決まり、慎太郎が“公平配布”のルールを確認する。
「今日は学年ごとに上限三個。ここまでで低学年二つ、中学年一つ。高学年の枠、あと三つ空いてます。――『一人で三つ』じゃなく、『みんなで一つずつ』を目指そう」
「倍の人、バッジの代わりに“確認者サイン”へ回すのはどう?」
莉菜の提案で、掲示の右下“確認者”欄が増えていく。バッジをもらえなくても、名前が残る。役割の価値は一つじゃない。
ゲームの終盤、翔也が人の流れを見ながらぽつりとこぼす。
「最初“こんなのやってもムダ”って思ったけど……。――案外、伝わるんだな」
藍が笑ってうなずく。
「伝わる言い方を見つけたから、ね。君が導線を切ってくれたのも効いてる」
「マジ?」
不意に褒められ、翔也は耳たぶを掻いた。
「……悪くない、こういう“仕切り”」
終了の合図は、放送室から。
彩加がマイクを持ち、慎太郎が隣でうなずく。
『昼休みの“見つけたよ”ゲームはこれでおしまいです。走らず協力してくれて、ありがとう。今日覚えた三つ――“光で見る・角を見る・端を見る”――を、これからも続けよう。見つけた人が正解です』
放送を終えると、職員室前に集まった子たちが口々に「三つ覚えた!」と指を立てた。彩加は褒められて耳まで赤い。
「言い方、すごく良かった」
慎太郎の一言に、彼女は小さく首を振る。
「みんなが“見える工夫”を作ってくれたからだよ」
片づけの最後、結香は掲示の右下をそっと指でなぞった。🔍🪞の横に、今日の日付と“確認者”の列が長く伸びている。
Lina/Shintaro/Aika/Ari/Ai/Junichi/Shoya/Eita/Yuka/Carolina/Joshua/……そして、低学年の名も。
「ねえ」
結香が小声で呼ぶと、藍が視線で応える。
「🔍🪞、最初は“謎の記号”だった。でも今は“合図”だね」
藍は短くうなずいた。
「“見えない糸”は、もう“見える工夫”に変わった。次に同じことが起きても、今日の手順でほどける」
校舎の角という角に、白い小さな印が静かに残る。西日が少しだけ傾き、見えたり消えたりする線さえ、もう怖くはなかった。
風が、掲示の補助糸をほんのわずかに揺らす。そこに不安はなく、「気づける」という実感だけがあった。
“見える”を集めた一日が、放課後のやわらかな喧噪に溶けていく。次の鐘が鳴る頃には、また日常がはじまる。
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