第七十八話【風雲急①】再会と惨劇

「摩耶ちゃん、よく来ましたね!」

 

 北嶺国ほくれいこくの国王専用の執務室にある椅子に座りながら、朱花は身を乗り出し満面の笑みで摩耶に手招きをした。

 

「これは北熊本店きたくまほんてんの新発売の金平糖ですよ、一緒に食べましょう!」

 

 摩耶は、笑顔を作って朱花に近づき、彼女が差し出す小皿から金色の金平糖を摘むと口に放り込んだ。

 

「摩耶ちゃん、この味は何味か分かりますか?」

 朱花は、上機嫌な表情をして摩耶に問いかける。

 

 摩耶は、金平糖が入った口をモゴモゴさせながら首を傾げた。

 

 金平糖の新製品の味が出るたびに、朱花に呼ばれて何味か聞かれるが……彼女にはただ砂糖のように甘いだけで、どれも同じ味に感じる。

 

 摩耶が「う〜ん」と考えこんでいると、朱花はニヤリと悪戯っぽい笑顔を作った。

 

「ムフフ、さすがの摩耶ちゃんでも分かりませんか」

 

「はい……」

 

「なんと! これは、蜂蜜味なのです!」

 

「……そうですか……」

 

「……摩耶ちゃん、反応が薄いですね……」

 

 朱花が、少し不機嫌そうな表情になり口をへの字にすると、摩耶はすぐさま微笑みながら話しかける。

 

「朱花様、味は良く分かりませんでしたが、美味しく頂きました」

 

 摩耶の言葉を聞くなり、朱花はパアッと笑顔になった。

 

「ムフフ、そうですね。金平糖は何味でも美味しいのです!」

 

 摩耶が北嶺国にきて、すでに七年の月日が流れた。

 朱花との日々は、自身が修羅番でいた時よりも長い。

 それでも、彼女は初めて出会った頃のように……いや、それ以上に摩耶のことを大事に思ってくれているし、それは摩耶の心にも十分沁み渡っている。

 

 彼女は少し気分屋な所もあるが、そこも含めて摩耶は朱花のことが大好きだった。

 

「ほら摩耶ちゃん、もっと食べなさい!」

 

 朱花がそう言って、摩耶に金平糖の入った小皿を差し出すと、朱花の横に立っていた一等付き人である千里が「おほん」と、わざとらしく咳払いをした。

 

「朱花様、金平糖は少し置いておいて、そろそろ本題の話しを摩耶様に仰って下さい」

 

 千里からの催促に、朱花はまた口にへの字を作る。

 

「全く、貴方はせっかちですね……まあ、いいでしょう……じゃあ、摩耶ちゃん椅子に座って聞いて下さい」

 

 摩耶は少し面食らう。

 今までの殆どが、金平糖や甘いお菓子など他愛も無い話で終わっていたからだ――彼女が改まって話しをするのは珍しかった。

 

「摩耶ちゃんも、峰城国ほうじょうこくとの間で年に一回行われている要人の交流会は知っているでしょう?」

 

 朱花の問いに、摩耶は「はい」と大きく頷く。

 

 北嶺国と峰城国は、六年前に同盟を結んで以来、交流会と称して毎年交互に要人を送りあっている。

 去年は朱花自身が、交流会の要人として峰城国に出向いていた。

 そして、今までは摩耶と立華も必ず交流会の一員として参加し、二人の出会う貴重な機会になっていた。

 

「実は今年の交流会は、峰城国の国王の父にあたる先代王がこられることになっています」

 

「そうですか」

 

 立華に会えると思い笑顔を作る摩耶を見て、朱花は表情を曇らせた。

 

「でもですね……聞いたところによると、今回の護衛に立華さんは参加されないとのことです」

 

「えっ! そうなんですか……」

 

 てっきり交流会で立華に会えると思っていた摩耶は、ガックリと肩を落とした。

 

「はい……何でも立華さんは、峰城国の国境周辺の治安維持部隊長に任命されたそうで、忙しいんだそうです」

 

「そうですか……」

 摩耶はそう言うと、目を閉じる。

 

 あの立華のことだ、彼女の実力が認められて出世しているのだろう……確かに、立華に会えないのは残念だが、彼女にとっては喜ばしいことだ。

 

 摩耶は、そう自身に言い聞かせる。

 

「ですから、摩耶ちゃんにお願いがあるのです」

 

「はい?」

 

「摩耶ちゃんに、先代王の護衛をして欲しいのです」

 

「はあ……」

 摩耶は首を傾げる。

  

 基本、要人の護衛は自身の国の戦士を連れていく。

 今回であれば立華が無理だとしても、他の峰城国の戦士が護衛につくのが常識だ。

 

「二国間には二人の飛燕がいるのです。その飛燕が二人とも護衛をしないのは、もったいないでしょう――それに」

 

「それに?」

 

「摩耶ちゃんが先代王を迎えに行けば、立華さんと会える機会があるかもしれませんからね」

 朱花はそう言うと、ニコリと微笑んだ。

 

「あっ!」

 摩耶は思わず声を上げる。


 朱花は、彼女に立華と会える機会を作ってくれようとしているのだ。

 交流会のようにゆっくりは会えないだろうが、お互い一日くらいは自由な時間を作れるかもしれない。

 

 摩耶の顔に笑顔が宿る。

 

「では摩耶ちゃん、行ってくれますね?」

 

「はい、もちろんです! 朱花様、本当にありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げる摩耶に、朱花は立ち上がり彼女に近づくと、手をとって優しく話しかけた。

 

「摩耶ちゃん、そんな他人行儀なことはしなくて良いのですよ……私と摩耶ちゃんの仲じゃないですか……」


「ああ、それと」


 朱花は、ふと思い出して話を続ける

「あの件は、交流会後に進めましょう」

 

「はい……ありがとうございます……」

 摩耶はそう言うと、更に深く頭を下げた。


 



 ***


 

 

 修羅歴三百四十九年一月七日、摩耶が率いる北嶺国の戦士二十名が、峰城国へと旅立った。

 そして一月二十八日、一行は無事に峰城国へ到着する。


 先代王の北嶺国訪問は、その五日後――二月二日に予定された。


 摩耶はその五日間のうちに、立華と会う機会を得たいと願っていた。

 だが、物事は思い通りには進まない。

 聞けば立華は現在、峰城国の都には滞在していないというのだ。

 

 王宮内で、立華に会いたいとお願いしてみるが、王宮内は先代王の出発準備におおわらわで、まともに対応をしてもらえない。

 

 出発前日、摩耶が諦めて宿舎でガックリ肩を落としていると、立華がひょっこり尋ねてきた。

 

「立華!」

 摩耶は、立華を見つけるなり走って近づくと、ヒシッと彼女を抱きしめる。

 

「はは、その様子じゃお前も元気でやってるようだな」

 立華は、顔を摩耶の大きな胸の中にうずめて、苦しそうにしながら声をかけた。

 

「もう! 立華がこれないっていうから、摩耶がきたってのに……今年はもう会えないかと思った……」

 摩耶は、思わずグスンと涙ぐむ。

 

「わりぃ、わりぃ……最近、国境周辺の治安維持部隊長になったからな……都を離れることも多いんだよ」

 

 立華は、摩耶の胸から解放されると「ぷは〜」と息を一つしてから椅子に腰掛けた。

 

「最近、黎明国れいめいこくとの国境付近で反乱分子が盛んに出現しててな……なかなか離れられなかったんだよ」

 

「でもでも、今日は一緒にいられるよね!」

 

「ああ、今日はこっちで泊まっていくよ」

 摩耶の必死の問いかけに、立華は笑顔で答える。

 

「やった! 今日は寝かせないから!!!」

 

「……なんか、危険な匂いがするな……」

 

 立華がそう言って肩をすくめると、摩耶は「そうだった!」と叫んで彼女の体に顔を密着させてクンクンと匂いを嗅ぎだした。

 

 彼女との思いがけない再会に、匂いを嗅ぐのを忘れていた……うん、まさにかぐわしい立華の匂いだ!

 

「……あんまり変なことをすると帰るからな……」

 

 摩耶は、立華の忠告も何処へやら、肌身離さず彼女を満喫した。




 ***


 

「じゃあ摩耶、元気でな」

 

「うん、立華も元気でね! それと、来年はちゃんと交流会に参加してよ!」

 

「ああ、来年は北嶺国から要人がくる番だからな、何とかするよ」

 

 翌朝のまだ淡い光の中、摩耶は静かに立華に別れを告げると、ひとり王宮前へと歩を進めた。

 

 空気は張り詰め、吐く息は白い。

 やがて、先代王が多くの従者を従えて姿を現す。

 その威風を前に、摩耶は静かに馬から降り無言のまま歩み寄ると、片膝をついて深く頭を垂れた。

 

「北嶺国の飛燕、摩耶でございます……この度は、先代王様の護衛の任を受けて馳せ参じました。何卒、よろしくお願い致します」

 

「うむ、わざわざ北嶺国からの迎え痛みいる」

 

 先代王はニコリと笑い、摩耶に「では向かおうか」と声をかけると大きな輿こしに乗り込んだ。

 

 峰城国から選りすぐられた戦士が三十二名。

 先代王の身の周りの世話をする従者が十名。

 そして、摩耶が率いる北嶺国の戦士二十名の総勢六十三名の一団が北嶺国に向けて出発した。

 

 先代王の輿の左側に峰城国戦士師団長である壱之真いちのしんが護衛につき、右側の護衛には摩耶がついた。


 最初の一週間は何事もなく順調に北嶺国に進んでいたが、修羅歴三百四十九年二月十日に事件が起こる。

 

「キャアッ!」――女の悲鳴が、一団の後方で鋭く響いた。

 摩耶は素早く振り返る。

 視線の先には、三人の男に襲われ、引きずられかけている女性従者の姿。

 その場には数人の兵がいたが、狼狽うろたえて立ち尽くし、何の行動も取れていなかった。

 

「壱之真殿、私が連れ戻しに行って参ります」


「分かった。では、そなたに任せよう」

 

 摩耶の進言に壱之真が頷くと、彼女は馬を駆って女性従者をさらった三人組の男達を追いかけた。

 

 三人組の男達は山中に逃げていく。

 途中、馬を降りて木の枝つたいに逃げ出した。

 

 摩耶も馬を降り、覇紋を足に宿して木々の枝をつたいながら追跡を開始する。

 

 確かに覇紋を足に用いた動作は、修羅番の修練でも苦手な部類だった――とはいえ、それはあくまで修羅番の中での話。

 覇紋を使えぬ一般の者と比べれば、遥かに素早く移動できるはずだった。


 しかし、逃げる男たちの身のこなしを見た瞬間、摩耶の背筋に冷や汗がつたう。

 

 ――こいつら、只者じゃない。


 逃げる三人組の男達は獣のような跳躍で枝から枝へ飛び移っていく。


 それを追う摩耶の胸が、焦りで締めつけられる。


 だが、そのとき、三人組の最後尾――女性従者を抱えた男の足運びが一瞬乱れた。

 

 摩耶は、それを見逃さない。


 摩耶は瞬時に間合いを詰め、覇紋を駆使して放った駕王が男の足に命中する。

 男は枝からもんどり打って落下し、女性従者ごと地面に転がった。


 摩耶は即座に飛び降り、落ちた男の上に馬乗りになると、反撃の隙を与えずとどめを刺す。


 三人のうち、仕留められたのは一人だけ。

 だが、抱えられていた女性従者を助け出せた。

 

 完全とは言えないが、今この場で果たすべき最低限の役目はなんとか達成した。

 

 摩耶はホッと大きく息を吐くと、気を失っている女性従者を自身の肩に抱えて先代王一団の元へ戻った。

 

 しかし彼女は、そこで思いもよらぬ光景を目にする。

 

 

 先代王の一団は血の海に染まっていた。

 先代王も、壱之真も――全滅であった。


 

 摩耶は、ただその場に立ち尽くす……。

 

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