第三話【大騒動②】修羅番は、手加減できません!

「ねえ、あれ見てよ……あれ、立華たちじゃない?」

 月乃が立ち止まり、一緒に遊びにきていた隣の鈴香の袖を軽く引いた。


「……あら、本当。あの背格好、間違いないわね」

 鈴香も目を細めて、月乃の指差す先に視線を向ける。

 人通りの多い通りの向こうに、立華たちの姿が見えた。


「あれっ? 男の子達と一緒みたいだよ!」

 月乃は目を丸くし、身を乗り出すようにして言った。

 どこか楽しげな興味が、その瞳に浮かんでいる。


「ねえ、ちょっと声かけてみようよ」

 月乃が少しわくわくした様子で言うと、鈴香は即座に首を横に振った。


「絶対ダメよ!」

 食い気味に強く否定する鈴香の声に、月乃は思わず固まった。


「えっ……そんなに?」

 予想外の反応に、月乃は目を瞬かせて戸惑い気味に呟く。


 すると、鈴香は小さくため息をついて、月乃に目線を向けた。

「あのメンツを見なさいよ……あそこにいるのは、立華と摩耶と暁よ……肝心の葵もいないし……」


「そういえば……葵の姿が見えないね」

 月乃は額に手をかざしながら、立華たちの方をじっと見つめた。


「そうよ……あの、お騒がせ三人組しかいないのよ……近付いたら、絶対に揉め事に巻き込まれるわ!」

 鈴香はぴしゃりと言い放つと、くるりと背を向けて反対方向へ歩き出した。


「さあ、あっちに気付かれる前に退散しましょ!」


「う、うん……!」

 月乃は慌てて頷き、鈴香の背中を追いかけるように早足でついていった。

 

 


 ***



 

 一方その頃、立華たち『お騒がせ三人組』は、土一族の少年たちと一触即発の空気に包まれていた。


 チビの発言が火種となり、立華がギロリと少年たちに鋭い視線を向けた、その瞬間――。


 ズシン、と地を揺らすように摩耶が一歩踏み出し、仁王のごとく立華の前に立ちはだかる。


 そのまま摩耶は、少年たちを射抜くような目で睨みつけた。

 

「貴様ら、立華に向かってチビと言ったな! 立華は確かにチビだ……だが、チビはチビでも、ただのチビではないぞ!」

 

 立華は、こいつもチビチビと言いやがってと少しムカついたが、ここは摩耶に任せることにした。

 

「なんだ、やるか!」

 一番前に出ていた、前歯の出た少年――通称『デッパ』が、摩耶に向かって叫ぶ。

 

「おい、他の一族とのいざこざは禁止されているぞ……ましてや、相手は龍や王だぞ」

 ぽっちゃり体型の『ブ〜』は不安げにつぶやく。

 

「何、ちょっと遊んでやるだけさ……年下の女どもにナメられてたまるかっての」

 その隣、細身で神経質そうな『ヒョロ』が、ニヤリと口角を上げた。


「ふ〜ん。 それじゃ、こっちも少しだけ遊んでやるよ」

 立華も同じように笑みを浮かべ、挑発的に返す。


 そして、前に立ちはだかっていた摩耶に、立華が冗談めかして声をかける。


「摩耶、ここはお前に任せるよ――くれぐれも殺さないようにな!」


 すると摩耶は、ぽかんと立華を見つめた。


「……え、殺しちゃダメなの?」


「ダ……ダメに決まってんだろ!!」

 

 立華は一抹の不安を覚えつつも、さすがに今の会話で理解したはずだ、と思った。


 ――だが、甘かった……。


 摩耶は額に手を添え、覇紋を溜める。


 次に口元に手を当てて――『駕王がおう


 最近覚えたての王一族の大技を口にした次の瞬間、迷いもなく腕を振り下ろすと――『ヒョロ』に向かって、目には見えない程『たま』を薄く研ぎ澄ませた十字の『ざん』が襲いかかった。

 

「バ、バカァッ!」


 立華は叫ぶや否や駆け出し、駕王の斬撃が『ヒョロ』に届く寸前、思いきり体をぶつけるようにして飛び込んだ。

 衝撃とともに『ヒョロ』を押し倒し――ギリギリのところで、その一撃をかわす。

 

 立華はすぐさま立ち上がり、顔を真っ赤にして怒りながら摩耶の元へ駆け寄った。

「摩耶! 殺さないようにって言ったよな‼︎」


「うん、だからちゃんと加減したよ? あれくらい普通なら避けられるよね?」

 摩耶は、本気で分からないといった顔で、指を咥えながら小首を傾げる。


「……お前の言う『普通』って何!? それ、まさか俺たち基準で言ってる!? 俺たち、全然普通じゃないからな!?」

 

 立華と摩耶が言い争っている横で――暁はというと、ひとり超ご機嫌に火棒をぶんぶん振り回し、キャッキャと笑っていた。


「よ〜し、私も負けてられないわ!」

 

 火一族の基本技・火棒――火を覇紋を使って一本の棒状にして振り回したり、突いたりする技。

 暁は迷いなく振りかぶり、『ブ〜』めがけて容赦なく振り下ろした!

 

「お前もかよッ!」


 それに気づいた立華は思わず叫び、今度は暁の火棒が迫る『ブ〜』に向かって猛ダッシュ。

 寸前で体当たりし、なんとか直撃を防いだ。


「ちょっと! なんで邪魔するのよ!」

 火棒をかわし、四つん這いのままホッと息をつく立華の元へ、不満げな顔をした暁がズカズカと歩み寄ってきた。


 立華は怒り顔で立ち上がると、暁に詰め寄った。

「お前! 俺と摩耶の会話を聞いていなかったのか? 殺したらダメなんだよ!」


 すると、暁は大きくため息をついた。

「殺しちゃダメなことくらい、分かってるわよ……だから――」


「腕を一本だけ――」


「腕の一本もダメなんだよ!」

 立華は顔を真っ赤にして叫び、肩で息をする。

 


「あわわわわ……」

 残ったひとりの『デッパ』は、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。


「ったく……しょうがねえな」


 それに気づいた立華がため息をつきつつ近づき、声をかける。


「おい、大丈夫か? 立てるか?」


 だが、少年は怯えきった目で立華を指差し、震え声で叫んだ。


「お、お前たち……ヤベぇやからだ……まともじゃねぇ……!」


「なッ――!」


 立華の眉がピクリと跳ねる。


「てんめえぇぇぇっ! 助けてやったってのに、なんで俺様まで輩扱いなんだこらぁぁぁ!」


 怒りに任せ、金髪の石頭でズドンと一発、『デッパ』の顔面に華麗な頭突きを食らわせた。


「まずい、立華がキレちゃった!」

 摩耶が慌てて立華に飛びつき、がっしりと体を押さえる。


「ちょっと暁! 足押さえて!」


「了解よ――って、ちょ、チビのくせに力強っ!」


「今チビって言ったの誰だァッ!?」


「暁! 今、チビって言うのは絶対ダメでしょ!」


「また誰かチビって言いやがったなァァァ!」


 立華の怒りが爆発する中、いつの間にか三人の周囲には野次馬がわらわらと集まり、人だかりができていた。



 ***

 


 ――翌日。


 立華・摩耶・暁の三人は、頭首の雅と補佐役の琴音に呼び出され、正座させられていた。

 床に手をついて深々と頭を下げている。


「お前たち、昨日は街中で随分と派手にやらかしたそうじゃないか」

 琴音が、眉間に深い皺を寄せながら、厳しい視線を落とす。

 

「先にバカにしてきたのは向こうです」

 摩耶が、顔を上げた。

 

「ほう、どう馬鹿にされたんだ?」

 

「立華のことをチビだと……」

 

「……間違ってないが……」

 

「そうなんですが……」

 

「ふ〜ん、それだけの理由で、土一族の将来有望な若者に怪我をさせたんだ、ヘぇ〜」

 琴音は、眉間に深い皺を刻んだまま、皮肉を込めた声で言い放つ。

 

「別に有望ではなかったわ。私達の技を全然受けれなかったもの!」

 暁が、頭を上げて反論した。

 

「有望か有望でないかは、お前が決めるもんじゃないんだよ!」

 琴音は、暁の頭をゴツンと叩いた。

 

「ユーボーってどういう意味ですか?」

 摩耶が、手を上げて問いかける。

 

「もう、お前は黙ってろ!」

 琴音の息が荒くなる。

 

「琴音様、私は彼女達を必死に止めたのです。本当です」

 今度は立華が頭を上げて、顔に悲壮感を漂わせた――完全に一人逃げの態勢に入る。

 

 すると琴音は、立華の前で腕を組み、厳しい視線を向ける。

「ふ〜ん……聞いた所によると、少年の顔面に頭突きをお見舞いしたのは、金髪の少女だったとのことだったが――その情報はガセだったか」

 

「うっ!……そ、それは……あ、挨拶です。最近、龍一族で流行っている挨拶なのです……」


 立華の苦し紛れの言葉に、琴音の目が細まり低く鋭い声で言い放つ。

 

「ほう……では、その挨拶とやらを是非私にもやってもらおうか……」

 

 立華は再び頭を下げた――額からの汗が止まらない。


 琴音は、しばらくその様子を見下ろしていたが、やがて呆れたようにため息をつくと、軽く手を振り上げ、立華の頭をぺしっとはたいた。

「そんな挨拶があるか! 言い訳するにしても、もう少しまともなことを言え!」

 

「お前達も、街中でのいざこざが駄目なのは、琴音や師範達から何度も聞いて知っているだろ?……一族にも迷惑がかかるんだぞ」

 雅は彼女達に静かに、それでいて厳しい口調で話しかけた。

 

「今回は大目に見るが次はないぞ」

 

「はい」

 彼女達は、頭を下げて返事をした。

 

 ――おお、あれだけ大騒ぎしたのにお咎めなしとは……さすがは雅様だ。

 

 立華は、思ってもみなかった軽い処分に、頭を下げつつ顔がニヤケてしまった。

 

「なんだ立華、やけに嬉しそうだな」

 

 琴音に声をかけられた立華は、思わず彼女の方を見た。

 

 すると琴音は、眉間に皺を寄せながら不敵な笑みを浮かべている――それを見た立華は、しまったと慌てて深刻な表情を作り、深く頭を下げた。

 

「ところで、相手はお前達のことを修羅番だと知っていたのか?」

 琴音が、立華に向かって問いかけた。

 

「いえ、私達は修羅番だと告げていなかったので、知らなかったと思います」

 立華は、頭を下げたまま答える。

 

「そうだよな、お前たちが修羅番だと知っていたら、こんなことにはならなかっただろうよ――お前達が修羅番だということを、もっと世間に知ってもらった方が良いな」

 




 修羅番としての修練が終わったその日、立華・摩耶・暁の三人は、再び琴音に呼び出された。


「罰だ。今日から一ヶ月、町に出るときはこれを首からぶら下げて歩け……外すことは許さん!」


 そう言って琴音が突き出したのは、紐付きの分厚い木の板。

 表面には、太々しい筆文字でこう書かれていた――。


『修羅番参上! 獰猛危険! 近寄るべからず!!』

 

「これで、お前たちに喧嘩を売るような、無謀な連中はいなくなるだろうよ」

 琴音はニヤリと笑う。

 

「……いや……喧嘩どころか、誰も寄りつかなくなると思うのですが……」

 

 板を手に取った立華は、深いため息をついた。

 

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