プロローグ 【序章②】番付に刻まれる、七つの魂

琴音は修羅番たちを一人ずつ見渡し、静かに間を置いたあと噛みしめるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「お前達が修羅番に選ばれてから二年、ついに番付けが発表する時がきた! 今からそれを発表する!」

 

 彼女達が十二歳になる歳に七人の修羅番に選ばれてから今までは、修羅番達全員は皆平等であったが、番付けされてからは彼女達に順列が常に付いて回ることになる。

 

 彼女達の真の闘いは今から始まるのだ。


 上位を目指す者にとっては、その道程は険しく厳しい――琴音はそれを知っていた。

 彼女自身も、かつては修羅番として厳しい道のりを歩んできたのだ。

 

 そして琴音は、気を取り直して「ふう」と、小さく息を吐くと、大きな声を張り上げた。

 

「修羅番七、月乃、月一族」

 

「修羅番六、鈴香、風一族」

 

「修羅番五、暁、火一族」

 

「修羅番四、摩耶、王一族」

 

「修羅番三、立華、龍一族」

 

「修羅番二、翠、天一族」

 

「修羅番一、葵、羅一族」

 

「以上だ。ただし、この番付けはあくまでも暫定的なもので……って暫定的って……分かるか?」

 琴音は、月乃に向かって聞いたが、彼女は「いいえ」と首を横に振る。

 

「だよなぁ……えっとこの番付けは努力次第で変わるので、みんな精進するんだ……って精進って分か――」

 琴音は、今度は摩耶に向かって聞いたが、彼女は食い気味に「いいえ」と首を横に振る。

 

「前に教えなかったっけ……えっと頑張れということだ。具体的には番付けの一つ上の者に挑戦することが出来る。上位挑戦は一週間前に宣言が必要とか、一族の師範の推薦状がいるなどいろいろ規則があるからな……いきなり襲いかかっても駄目だぞ……分かったのか暁?」

 

 修羅番五の暁は、修羅番四の摩耶を睨み付けていた。

 

「うるさい! 今大事なところなんだから、ちょっと黙ってて!」

 暁が、摩耶を睨んだまま声を尖らせる。

 

「はぁ……いきなりこれか……」

 

 琴音は大きくため息をつき、右手で額を押さえると、「いくら睨んでも番付けは上がらん!」と怒鳴りながら、暁の頭をゴツンと叩いた。


 

 

 ***


 

 

 修羅番の番付けが発表されたその夜、琴音は頭首・雅と酒を酌み交わしていた。


 修羅国の頂に立つ二人――国を束ねる頭首・雅と、実務を担う補佐役・琴音。

 この夜は、そんな二人だけの静かな晩餐会であった。


 雅は羅一族で、橙色の修練着を端然と着こなす、落ち着いた雰囲気の女性だ。

 引き締まった体つきに穏やかな物腰、そしてふとした時に見せる柔らかな微笑が、彼女の人柄を物語っている。


 今は琴音の実子・葵を養子として迎え、羅一族の娘として育てている。

 

 

「やっと修羅番の番付けが決まったな。約二十年ぶりか」

 琴音は、手に取ったお猪口を眺める。先程から口にしている酒の為か、体全体が火照って熱い。

 

「開催時期は葵の歳に合わせたからね。だから今回は今までと比べても早い方だよ。過去には三十年以上開催されなかった時期もあるからね」

 雅は顔を上に向けると、お猪口に入っているお酒をグイッと飲み干した。

 艶のある黒髪がふわりと揺れる。

 

「まあ、でも始まったばかりだけどな……今から修羅番一と修羅番二が決定するまで六年もかかるからな」

 琴音は睡魔に襲われ、眠い目を擦りながら小さくため息をつく。

 

 修羅番達は十四歳になると、番付けが発表されて順位付けされる。

 しかし、そこから彼女達の真の闘いが始まる。

 彼女達は、一つでも上の番付けを目指し、修練を行い上位の番付けに挑んで行く。

 

 そして、毎年最下位の者が修羅番を去っていく――最終的に残った修羅番一が頭首、修羅番二が補佐役として、修羅国を統治することになるのだ。

 

「仕方がないさ……この国の統治は頭首と補佐役の二人三脚でやるんだから、じっくり決めていかないとね」

 雅はそう呟くと、小皿からスルメをひょいとつまんで、無造作に口へ放り込んだ。

 

「まあ……修羅番に関しては、他国も注目しているだろうしな……」

 

「そうだよ。だから、補佐役である琴音様の責任は重大だよ〜。百三十年ぶりの女性補佐役殿」

 雅は、わざと様や殿を付けてニヤリと笑い、お猪口にお酒を手酌して一気に飲み干した。

 

「……お前ね〜、人事みたいに言うなよ」

 琴音は卓に肘をつき、手のひらに顎を預ける。

 トロンとした目で雅を見つめていたが、不意に力が抜け、顎が手から滑り落ちる。

 その弾みで茶色の前髪がふわりと揺れ、視界を覆った。

 

「でも、実際に彼らを修練するのは補佐役だから、どんな修羅番に育つかは、お前にかかっていると言っても過言じゃないよ」

 

「う〜ん……わかってるよ……」

 

 琴音は卓にうつ伏せになり、重くなるまぶたをゆっくり閉じた――意識がフッと霞んでいく。


 そのとき、ふわりと何かが背中を覆うのが分かった――毛布だ。

 そして、柔らかな毛布の温もりとともに雅の穏やかな声が耳をくすぐった。


「頼んだよ、琴音」

そう呟いた雅の声に、琴音はうっすら微笑むと眠りに落ちていった。

 


 今、修羅国の命運を握る七人の少女たちが、静かに戦いの火蓋を切る。

 

 

 ――第十回『修羅番』、その幕がいま、上がる。

 

 

 


 

 

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