袖の結び目
彼辞(ひじ)
袖の結び目
戸口が三度、固く鳴った。
母が私の袖をつまみ、すぐ離した。
黒い帽子の男たちが入ってくる。手首に麻縄が巻かれる。冷たい。
石の床の部屋に連れて行かれる。
蝋燭のろうが机の縁で固まって、涙みたいに垂れている。
黒い服の人たちが向こう側に並ぶ。目だけが光る。
「名を言え」「いつから」「誰に教わった」
私が「知らない」と言うたび、親指にかけられた細い紐が、棒でゆっくりねじられる。
音はしないのに、骨の中がきしむ。
「眠るな」と言われ、夜と朝の区別がなくなる。
「見たことを言え。黒い本、印、契約、夜の集まり」
見ていない、と言う。灯が近づき、熱が顔に押しつけられる。
熱が去ったあと、私は考える。どの言葉で、この痛みは止まるのか。
——本当ではないと知りながら、私は痛みを止めたくて、近所のマリーの名を言った。「魔女です」と。ねじっていた棒の手が止まる。息が戻る。
「ほかには」と言われ、私は教会で椅子を磨くサラの名も言った。「夜に集まりに行きます」と。言うたびに痛みは弱まり、その代わりに胸だけが強く痛む。助かる言葉を体が覚えてしまい、言葉が自分から落ちていく。
朝、紙束を抱えた男が来る。
「昨夜、おまえが言ったことがここにある。悔い改めよ」
私は頷けない。代わりに、袖の内側を指で探す。
母が火のそばで編んでくれた小さな結び目。そこだけ柔らかい。
外へ出る。広場は人でいっぱいだ。子どもも混じっている。小さな子が、私の靴のかかとにこびりついた泥の割れ目をじっと見ている。その泥は、昨日、川べりで転んだときについた。あのとき岸の薄い氷に投げた小石は沈まず、氷の上で止まり、音もしなかった。
「最後に言うことは」
私は口を開く。昨夜、口にした名前たちが舌の裏に残っている。
けれど私は「祈ります」とだけ言う。祈り方はもううまく思い出せない。
人垣が道を開ける。
黒い木が組まれた台。縄の端が風でわずかに揺れて、細く歌う。
梯子の木は、削られたばかりで白い。
最初の一段は低い。靴の底がきしむ。
二段目で、ざわめきが遠くなる。
三段目で、鐘がひとつ鳴る。
私は顔を上げる。空は薄い灰色。雪はまだ降らない。
息が白くならないのが、少し悔しい。
最後の一段につま先を乗せる。木は冷たく、固い。
そこで一度だけ深く息を吸う。
胸の中で、袖の内側の小さな結び目が、確かに結び目のまま在る。
そして、私は台の上に立つ。
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