第5話 温もり
目の前には、うつ伏せになった私の体。
リラックスしているのだろうか。
ゆっくりと深い呼吸を行っており、胴体がそれに合わせて上下に揺れる。
ドッ。ドッ。ドッ。
胸の鼓動が、はっきりと聞こえる。
手に、じんわりと汗が染みる。
(大丈夫、これは私の体だ…何も変に思うことはない…!!)
そう自分に言い聞かせ、薬液を手に乗せる。
そのまま、傷口に優しく塗ろうと体に手を触れる。
あったかい。
と言うより…熱い。
なんと言い表せばいいだろうか。強い生命のエネルギーを、手にひらに感じる。
その温もりを感じながら…手を円状に動かしながら、満遍なく薬を塗り込んでいく。痛みを感じないよう、最新の注意を払いながら。
手に、鼓動を感じる。
ゆっくりとした、力強い振動だ。
目の前の体に血が通っていて、生命活動が行われている。
それって、やっぱ凄いことなんだよな。
暫く鼓動を感じていると、今感じている振動が自分のものなのか、相手のものなのかよく分からなくなってくる。
だが、それが逆に心地よい。
ああ、もっとこの鼓動を感じたい。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
…気がつけば私は目の前の体に耳を当て、鼓動を最大限、感じ取ろうとしていた。
少しの獣臭さが鼻をつく。
あったかくて、心地よい揺れを感じれて…
包まれているかのような、安心感。
本能が、自分を眠りへと誘う。
「…あの、レウスさん?」
「言いにくいんですが…胸、当たってます」
「…えっ!?」
「あ…すみません!!」
そんな自分を正気に取り戻したのは、ミアの言葉だった。
一瞬で元の体勢に戻り、薬液の瓶の蓋を閉め、包帯を手に取る。
(…なんであんな事をした!?)
(私の体のはずなのに…あんな風に触ったり顔を埋めたり…そんなの、普通じゃない…おかしいはずだ)
若干パニック状態になりながら、胴体ごと包帯を巻いていく。
…こうして見ると、私、胸板も熱いんだな。
包帯を巻く中で、そんなことに気づく。
ふと、抱き抱えられたさっきの情景が浮かぶ。
(…いや、私は何を考えているんだ!?さっきから…思考がおかしい…!)
頭をブンブンとふり、気持ちを整える。
何がどうあれ、今は目の前の治療に集中せねば。
そこからは、てきぱきと手際よく包帯を巻いて行き、直ぐに終わらせる。
「レウスさん、ありがとうございました。こんな感じで、明日からもよろしくお願いします」
「ああ…よろしく頼み、ます」
「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか」
お風呂の流さなかった分の水を焚き火に掛けて、火を消す。
火を消した事で、一気に周りが暗くなったように感じる。
「明日は、早く起きてギルドに報告しに行きましょう」
「え?でも、この体のままじゃ、みんな困惑しちゃうんじゃないか?」
「大丈夫です。私がレウスさんのフリをして、レウスさんが私のフリをすれば良いだけですよ!レウスさん、一人称が「私」ですし、きっといけますよ!」
…いやいやいやいや。
私に…18歳の少女のフリが務まるとでも?
私、今年で32なんだよ?
「あの、私はちょっとできる自信ないので遠くで待ってるっていう風には…」
「駄目です。2人で報告しないとちゃんと受理されないんですから。レウスさんにも絶対に来てもらいますからね」
…ミアさんのフリ、練習しとかなきゃな。
「じゃあ、寝ましょうか。レウスさん、おやすみです」
「おやすみ…なさい。ミアさん」
そうして、私たちは、激動の一日を終えた。
「…寒い…」
深夜。レウスは寒さに目を覚ます。
(毛皮がないと、こんなに寒いのか)
暖かさを求め、火をつけようとするが。
(そうだ、今はミアさんの体だったんだ)
火おこしはできないだろう、と察する。
(ミアさんは、ずっとこんな体で冒険をしてきたのか…本当に尊敬に、値するな)
…そんな事を思いながら温まれる方法はないか探していると。
(…あ)
夜の出来事を思い出し、足が動き出す。
寒さを凌ぐため、勝手に足が動き。
木に寄りかかって寝ているミアさんの。…私の体の前に来た。
寝起きで頭がぼーっとしているからだろうか。いつもよりも理性が働かない状態で。
(…ごめんね)
寝ているミアさんの足を開いて。
その間に、潜り込む。
(…ああ、もふもふで、あったかい)
その感覚に幸せそうに微笑みながら。
直ぐに、眠りについた。
⚪︎レウス(獅子王レウス)
・32歳。雄の獅子獣人。ミアと肉体が入れ替わってしまい、人間の女性の体であること、元々の自分の肉体に好意を抱いていることに困惑している。
⚪︎ミア
・18歳。人間の女性。難討伐の中で、スキル『精神交換』を使用してレウスと肉体を入れ替える。周りからは才能がある、元気な魔法少女だと思われている。
良いなと感じたら、応援と星をよろしくお願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます