やたらと近い距離感
その波乱は思ったよりも早くにやってきた。
時刻は午後の一時過ぎ。アミューズメントパーク内に併設されたファミレスは、多くの人でにぎわっている。
それなりに広い店内の一角をしめるのは、俺たち「激励会」のメンツだ。今井先輩があらかじめ団体予約を取っておいてくれたおかげで、すんなりと席につくことができた。
天城と今井先輩はテーブルを三つ並べたソファー側。
俺はというと、みんなからは少し外れたところにある二人用の席にひとりで座っている。
「……」
昨日、急遽参加が決まったのでしかたないことではあるけれど、さすがに心細い。
気を利かせた天城が「いっしょに座ろう」と提案してくれたが、つい断ってしまった。
余計なプライドが邪魔をしたせいで、口調がとげとげしくなってしまったように思う。そのときの天城は悲しそうな顔をしていた。
「はあ……」
何度目かわからないため息。
後悔やら罪悪感やら疎外感やらで、せっかくのから揚げ定食なのにまったく味がしない。
半ば義務的な動きで、小皿に盛られたお新香をつついていると、ふいに視界がかげった。
「セーンパイ。ここいいですか?」
あまったるい声の主は見上げなくたってわかる。
一年の小悪魔女神、堀井莉愛だ。
「だめだ」
同情されて同席されるくらいなら、俺は孤独を選ぶ。不機嫌な声でそう返すも、堀井は、「失礼しまーす」と何事もなく座ってきた。
「センパイ、すねてます?」
「すねてない」
「や、どー見てもすねてますよね」
「……」
「ね、センパイ。ちょっと莉愛の相手してくれません? なんか疲れちゃって」
対面の席で頬杖をつく堀井。その目はどことなく虚ろで、気だるさが漂っている。
「あ、から揚げだ。いいなぁー。莉愛も頼めばよかったぁ」
「飯食い終わったんじゃないのか」
斜め後方に視線を向けると、ほとんどの連中が談笑をしていた。「デザートなににするー?」 と、女子たちが盛り上がっている。
「そりゃ食べましたけど、なんか物足りないっていうかぁ……こう、にく! って感じの食べたかったんですよね」
「なら今からでも頼めばいい」
「むりですよぉー。それじゃ莉愛、めっちゃ食うやつみたいじゃないですかー」
「じっさい、めっちゃ食うやつだろ」
堀井と初めて会話した購買での出来事を思い出す。
あのとき、堀井は両手いっぱいに総菜パンを抱えていた。
「うわ、センパイ、ノンデリすぎ」
と、またそんなことを言われた。ボーリング場に続いて、本日二度目だ。
気がたっているからか、感情の抑制がうまくできない。
できればひとりにしてくれと思いながらミニトマトを箸でつまむと、視界のはしから、にゅっと指が伸びてきた。
「なので、ひとつください、それ」
から揚げを指さされる。
「いやだ」
「むぅ」
アヒルみたいな口をする堀井。
「一個二百円だし」
「あれ、単品なんてありましたっけ? なんで値段わかるんですか」
「ふつうに計算しただけだよ。ご飯とみそ汁のセットとサラダ単品の値段を引けばだいたいの予想がつく」
「えっ、すご。センパイって理系ですか? もしやけっこー勉強できる人?」
「一応学年十五位」
去年は会長に認められたくて勉強をがんばった結果、学年五位にまでなることができた。
今はかなりペースダウンしたものの、それなりの順位をキープできている。
「センパイ!」
堀井が身を乗り出してくる。
なぜか両手をがっしりと握られた。
「今度莉愛に数学教えてくださいっ」
話を聞くに、堀井はどうやら理数系、とくに数学が壊滅的なようだった。
同学年の男子に言えば二つ返事で即決するだろうに、なんでわざわざ俺に頼むんだろう。
さっきからやたら距離感が近いことも気になるし、なにか裏の目的があるような気がしてならない。
ここはさっさとお引き取り願おうと、俺はから揚げの乗った皿を堀井の前に差し出した。
「これ、ひとつ食べていいぞ」
が、堀井はなぜか手をつけようとしない。
どういうわけか、目をつむって、あごを少しうえにかたむけている。
「んー」
のどを鳴らし催促してくる。食べさせろということなのだろうか。
「……」
嫌だと言っても無理そうだ。
俺はしかたなしに、新しい割り箸を箱から取り出す。
「おはし、そのままでいーですよ」
「え」
出した箸を箱に戻された。
「あ、センパイってそーゆーの衛生的にむりな人ですか?」
「いや、無理ではないけど……」
いちおう気をつかったつもりだったんだけど、まあいいか。
間接キスだとか、へんに意識してると思われるとまたからかわれそうだ。
「じゃあ、いくぞ……」
「はーい」
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