プリクラ


「やったぁ! じゃあ撮ろとろ~」


 喜びをあらわに、天城は画面に指をはわす。威勢よく言い出したわりに、すぐにぴたっと動きがとまった。

 

 のぞき込んだ画面には『友だちコース』と『カップルコース』の文字が。

 

 逡巡するような間があったあと、天城は突き指しそうな速度で『カップルコース』を選択した。


「え……」


 ピロリ~ンと能天気なメロディーが鳴る。


「天城さん?」


 天城の後ろに立っているため、その表情まで伺うことはできない。

 混乱する間もなく、機械音声が『足元のマークの位置について~』とアナウンスしてきた。


 あわてて所定の位置につく。


『まずは恋人つなぎ~』


 いきなりハードルたかいな!


「……宮内くん、手」

「は、はい」


 指先を絡ませる。わずかにしめった指先からは、天城の温かな体温を感じた。

 

 女の子の手の感触は透佳で慣れていたと思っていたけれど、まったくそんなことはなかった。

 

 そのやわらかさと、小ささに、どうしようもなく異性を感じてしまう。身体中の熱が指先に集中していくようだった。

 

 てか俺、ぜったいに手汗やばい。こんなことならさきにズボンで拭いておけばよかった。

 

 そんな俺を置き去りに、機械が次の試練を与えてくる。


『つぎは二人でハートをつくって~』


 これまた難題な。

 だがさっきの手つなぎよりましだ。なぜなら肌の接地面がすくないから。


「天城さん、ハートだって……」

「う、うん」


 そろそろと指をくっつける。


「もうちょっと下かな。うん、そこでストップ。指もうちょっとひろげて」

「はい……っ」

「あ、離れた。もっとこっち寄って。ハートがちぎれちゃう」

「……こ、こうですか」


 だめだ。全然ましじゃない。

 たがいに指をくっつける態勢上、どうしても身体を寄せ合う必要がある。身長差もあるため、俺がひざをまげて天城の顔に近づかなきゃならない。

 

 なんとかしてハートの形を維持する。カシャカシャと四回、シャッターが切られた。もう表情を作るだとかそんな余裕はない。


「……ふうっ」


 解放されたと思ったのもつかの間、今日一番の爆弾が投下された。


『おつぎはバックハグ~』


 バックハグ!?

 リュックひとつで世界中を旅するっていうあの?   

 ってそりゃバックパック!


 やばい。完全に脳がバグりだした。

 聞き間違いを期待して見た画面には、女性を背後から抱きしめる男性の図。

 

 よりによって彼氏側がやるのかよ……。

 腕の位置とか、ほんとうにそこで大丈夫か?    

 おなかとかおっぱいとか、ふつうに当たってる気がするんですが。世の中のカップルはこれがふつうなのか? もうわけがわからない。


「天城さん、さすがにこれは」

「いいよ。宮内くんなら」

「……」


 そこで俺の思考は停止した。

 

 天城の背後にまわり、両腕を伸ばす。華奢な身体を包み込むように体重を預けていく。

 

 中途半端に腕を浮かしていたら、天城がぐいと両腕をひっぱってきた。左手は鎖骨、右手は腰のくびれあたりに手をそわせる。

 

 流れるような黒髪から、シャボンの爽やかな香りがした。俺の唇が彼女の耳に触れそうな距離。あまりの密着感に、頭がくらくらする。


『つぎのポーズは~──』


 そこからはもう、記憶がなかった。




「うう~ん、楽しかったぁ~!」


 プリクラ機を出た天城が、満足そうに伸びをした。


「……つかれた」


 反対に、俺はがくりと肩を落とす。

 ここ数年で一番体力をつかった気がする。

 

 バックハグを最後に、記憶の輪郭が曖昧だ。たしか『小顔ポーズ』だの『猫耳ポーズ』だのを強要されたような……。


 ゾンビみたいな足取りで、天城のあとを追う。心なしかその背中は弾んでいるように見えた。


「宮内くん、こっちきて。写真できたみたい」


 筐体の横に取りつけられた現像機から、二枚の写真が出てくる。そのうちの一枚を俺に渡してくれた。


「うわっ、やば~。めっちゃ盛れてる!」


 ただでさえ大きな瞳を、一回りほど大きくした天城の姿。

 撮影後にいろいろ加工していたが、なるほど、こういう感じになるのか。

 

 ちなみに俺のほうは。


「……やばいな、俺」


 ひきつった笑みを浮かべる不審者がひとり。

 相方の被写体が完璧すぎるせいで、余計にその異質さが際立っていた。

 

 目をつぶっている写真もちらほら。そもそも、まともにカメラ目線にすらなっていない。


「そうかな? 恥ずかしそうな宮内くんも可愛いけど」

「またすぐそういうこと」

「まあ、恥ずかしかったもんね、じっさい。ノリでカップルコースにしちゃったけど、バックハグとか指定されると思わなかったし」


 おかげで心臓麻痺を起こすところだった。


「これどこに貼ろっか」


 天城の手には一枚の写真。


「俺はそのまま持っとこうと思うけど」

「ええー、せっかくのシールなんだからどっか貼ろうよ~」

「うーん……」


 そう言われても困る。なるべく人目につく場所に貼るのは避けたいし。

 どうしたもんかと悩んでいたら、天城は妙案でも思いついたように手を合わせて、


「スマホカバーの裏はどう?」


 と、訊いてきた。


「まあそれだったら」


 カバーを外す。

 どの写真にしようか迷った挙句、結局一番映りがましだった『小顔ポーズ』の一枚におちついた。

 

 近くにあったハサミをかりて、きれいに外枠だけを切りぬくと、カバーの裏側に貼った。


「これでよし」


 これならば外からは見えない。ケータイショップで適当に買ったカバーだったけれど、黒にしておいてよかった。

 

 ぱちっと、となりで音がする。どうやら天城も貼り終わったようだ。


「できた!」


 空色のスマホカバーを、うれしそうに眺めている。


「宮内くんはどの写真にした?」

「小顔ポーズのやつにしたよ。あれだけ唯一俺の顔がましだった」

「あははっ、そんな理由なんだ」

「天城さんは?」


 天城はにっといたずらっぽく笑った。


「ひみつ」

「え、教えてよ」

「やだよ~」


 釈然としないまま、楽しげに笑う天城のあとをついていった。

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