思わせぶりな発言
曲が終わり、テレビモニターの画面が切り替わる。あっという間の三分半だった。
「うぅ……緊張したぁ~」
大きく息をはいて、ぐでっと脱力する天城。
「え、全然そう見えなかったけど。そんなに緊張してたのか」
「だって声めっちゃ震えてたよ? マイク持つ手ぷるぷるしてるし」
ほら、と両手を見せてくる。暗くてよくわからないが、たしかに小刻みに震えている気がした。
「でも歌詞とか完璧だったぞ。まさか後半のラップの部分まで完コピしてると思わなかったけど」
あのパートは歌っている声優さん本人でもきつそうだった。
ライブ映像では、いつも顔をまっかにして歌っていたし、テンポも速いから息継ぎするタイミングが難しいとも言っていた。
それを天城は見事に歌い切ってみせた。その完成度の高さに俺もついテンションがあがってしまって、気づけば合いの手まで入れていた。
今振り返ると、けっこう恥ずかしい。完全にオタクの部分が出てしまっていた。
ほてった体内の熱をさまそうと、メロンソーダを流し込む。オレンジジュースのストローから口を離した天城が、ふふっと笑った。
「宮内くん、完璧な合いの手だったね」
「う……そのことは忘れてくれ」
「ええー、だって歌ってて気持ちよかったよ? 本物のアイドルになったみたいで楽しかった」
「天城さんなら余裕でなれるだろ」
「へ?」
やべ。うっかり口をすべらせてしまった。これじゃ面と向かって可愛いですと言っているのと同じだ。
「ふ、ふぅ~ん。じゃあもしそうなったら、宮内くんが最初のファンになってくれる?」
「もちろん。今のうちにサインもらっとこっかな。あと握手も」
「それだけでいいの。ハグでもしとく?」
「不純異性交遊」
「ハグはセーフだよ。宮内くんは不純だと思ったんだ」
「べ、べつに……」
「あははっ、可愛い。宮内くん」
いいように遊ばれてしまった。でも冗談抜きに、天城ならアイドルになってもいい線いくと思う。それどころか天下までとってしまうかもしれない。
でもそうなったらなったで、複雑な気持ちになってしまうのはなぜだろう。
「それでぼちコメの曲はどうやって知ったんだ?」
あー、それはね。天城がコップをおいて俺を見る。
「宮内くんを遊びに誘った日の夜、サブスクに加入してアニメを見たの。ワンクール一気に」
「まじで……?」
ぼちコメは現在ワンクール、計12話までが放送済み。一話30分だとして、全話見るのに6時間はかかる。
なんでそこまでして。俺の訝しげな視線に気づいたか、天城は照れくさそうに笑った。
「宮内くんとお出かけできるから」
「え……?」
心臓を撃ちぬかれた気がした。
「宮内くん、休日は家事で忙しいって言ってたから。ダメもとだったんだよ? まさかオーケーしてもらえると思ってなくて」
「……」
「当日、少しでも会話のタネになればいいなぁってアニメ見て、気づいたら朝になってた」
ちろ、と舌を出す天城。おかげでその日、眠すぎて学校やばかったー、と無邪気に笑うのを見て、俺の心にやわらかなぬくもりが広がった。
「ありがとう。俺のためにいろいろ気をまわしてくれて」
きっと彼女がみんなから好かれるのは、こういった気づかいがあるからだろう。
相手を飽きさせないよう自然とそういう振る舞いができるのは、素直にすごいと思った。
「うーん、ちょっとちがうかな」
けれど、天城はなぜか腑に落ちない表情で、
「あたしがそうしたかったんだよ」
と、まっすぐな瞳で言ってくる。
「それってどういう……」
心臓の鼓動がはやくなる。さっきの曲のテンポなんて比にならないほどに。
数秒間、見つめ合ったところで、天城は「あっ」と声をあげた。
「ええっと……そうだ。サプライズ! サプライズしようと思って!」
「サプライズ?」
「うんっ。カラオケでいきなりあたしがぼちコメの曲歌い出したらびっくりするかなって」
「ああー」
なんだ。びっくりした。そういうことなら納得だ。
一瞬、俺のことが好きなんじゃ……という天地がひっくり返ってもありえない妄想に発展しそうになったが、そうじゃないとわかり安心する。
あくまで友だちとして、天城は俺に気をまわしてくれた。それだけで充分だ。
……さっきからやたらとジュースを飲むペースが速いのが気になるけど。
「で、どうだった。ぼちコメを見た感想は?」
サファイヤブルーの虹彩がきらりと輝く。
「すっっっっごく面白かった!」
最高のリアクションに、俺も胸が熱くなる。
「ね、どうかな。エレンちゃんににてるかな?」
髪を持ち上げサイドテールを作ってみせる天城。
「ははっ! にてるにてる。あとは金髪にすれば完璧」
「おー、しちゃう? 金髪」
「お母さんの反応やばそう」
「勘当される気がする」
「こわっ」
「そしたら宮内くんちに住もっかな。部屋かして~」
「待った。俺の部屋に住むのかよ」
「ダメ?」
「……いろんな意味でダメです」
歌なんてそっちのけで盛り上がる。
ぼちコメトークに花を咲かせるうちに、利用時間の二時間なんてあっという間に過ぎていった。
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