『灰色の空を越えて』

稲佐オサム

第1章 ―見知らぬ空の下で―

 視界が、突然、ぐにゃりと歪んだ。

 耳を劈くような轟音と、腹の底を揺さぶる衝撃。さっきまで駅の階段を降りていたはずなのに、足元のアスファルトはひび割れ、焦げた臭いが鼻を突く。


 ――何だ、ここは……?


 振り返っても見慣れた街並みはなく、代わりに崩れかけた高層ビルと、遠くに上がる黒煙が視界を覆っていた。空は灰色。空気は重く、喉が焼けるようだ。

 混乱している間にも、遠くから金属を叩くような鈍い連続音が響く。銃声……?いや、そんな現実的な音をテレビ以外で聞いたことはなかった。


 「おい、そこの!」

 低い声に振り向くと、防弾ベストを着た男がこちらへ走ってきた。肩には銃を担いでいる。

 恐怖で足がすくみ、逃げ出そうとした瞬間、男は腕を掴んだ。


 「立ってると撃たれる! こっちだ!」


 有無を言わせず引きずられる。足元の瓦礫に何度もつまずきながら、狭い路地を抜け、薄暗い家の中へ押し込まれた。

 ドアが閉まる音と同時に、外から激しい銃撃音が響き渡る。壁越しにも震動が伝わる。


 「……大丈夫か」

 男は深く息を吐き、こちらを見た。

 年齢は三十前後だろうか。無精ひげに、泥で汚れた頬。だがその瞳は鋭く、こちらの一挙一動を逃さないような光を宿していた。


 「名前は?」

 「……え、あ、えっと……結城、結城蓮です」

 舌が震える。

 「どこから来た?」

 「……それは……」

 言葉を選ぶ間もなく、喉まで込み上げてくる真実。

 あり得ないことだと自分でも分かっている。けれど、この状況で嘘をついたところで意味がないようにも思えた。

 「……ついさっきまで、2025年にいました」

 男の眉がわずかに動く。

 「……2025年? 今は2039年だぞ」

 「……え?」

 息が止まったように固まる。


 世界が、跳んだ――?


 男は深く息をつき、黙って棚から水を取り出し差し出した。

 「飲め。話はあとだ。……外は第三次世界大戦の真っ只中だ」


 その言葉を理解するより先に、奥の部屋から人影が現れた。

 「カズ、今の音は……」

 彼女を見た瞬間、胸が痛みを伴って高鳴った。

 肩までの黒髪が土埃で灰色にくすんでいる。それでも、瞳だけはまっすぐに透き通っていて、戦火の中にあっても消えていない光を放っていた。


 「……誰?」

 静かに、しかし鋭く問われ、息が詰まる。

 「……迷い込んだだけです」

 それだけで精一杯だった。


 その瞬間、自分でも理由は分からない。

 この人を失いたくない、守らなきゃいけない――そう思った。

 ただ、彼女の名すら知らないのに。

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