初級異世界(新婚?)生活のすゝめ~夫婦たるもの揃いのアイテムは必須です?~
宇部 松清
タイガ視点
第1話 使い道がわかって来た!
なんやかんやあって夫婦になってしまった俺と、エリートポンコツ精霊召喚士スロウであるが、『夫』・『妻』という肩書さえ目を瞑れば、まぁまぁ悪くない関係ではある。
というのも。
「さっきから何を言っているんだ、この愚民が。この僕を誰だと思っている。ポートグリフ家が三男、スロウ・ポートグリフだぞ。この名を知らぬとは言わせんぞ」
これがめちゃくちゃ強いカードだったのだ。
王都から離れれば離れるほど強力だったのである。こいつ、ネームバリューだけはSクラスだったのだ。王都ではイマイチだったけど、あれはほら、若干もうポンコツがバレてたから。
それを思い知ったのは、依頼の一つである、『オオガマオニバチ六十匹の捕獲(あるいは巣の回収)』で訪れたドコベリという街で本日の宿を押さえようとした時のこと。
一目で異世界人とわかったのだろう、どうせ右も左もわからないだろうと思ったらしい店主が、通常よりも高い宿泊料金を提示した瞬間、店の入り口で所在なさげに突っ立っていたスロウが、ツカツカと大股歩きでやって来たのだ。そして、だぁん、とカウンターをぶっ叩き、放ったのが先ほどの台詞なのであった。
「ぽ、ポートグリフ家の御子息様……っ! も、もももちろん存じ上げてございますです、はいっ!」
「わかれば良い。それで? もう一度料金を確認させてもらおうか? 一泊二人でいくらだって? このクラスの安宿が?」
「え、ええええとあの、ええと」
「スロウ、落ち着け。そんなにおっかない顔すんな。お前は顔がきれいな分、凄まれると迫力が凄いんだよ」
すらりとした長身を折り曲げ、カウンターを覗き込むようにしてずんぐりとした店主を見下ろせば、すっかり蛇に睨まれた蛙状態の彼は顔面蒼白でカタカタと震えるのみである。
「――ほう?」
俺の言葉にぴたりと動きを止め、軽く腰を捻って流し目を寄越してきた。その辺の女なら一発で落ちそうなくらいの妖艶さである。さらりと流れる、透き通るようなブロンドを耳にサッとかけ、はちみつのような金色の目で俺をとらえてきた。
「僕の顔がきれいだと?」
「え? 違うのか? お前さんざん言うじゃんか、眉目秀麗とか容姿端麗とか」
「そーの通りだっ! 何も間違っていない! やっと認めたな、この僕の美しさを! このような美しい僕を独占出来るという幸運を噛みしめるが良いぞ、タイガ!」
「おじさんすみません、それで、おいくらになりますかね」
「ひえぇっ、えっと、あの、こちらの料金表のとおりで――」
「おい無視するな!」
僕の美しさを褒めたたえろ! お前だけの花でいてやると言っているのだぞ?! それがどれだけの誉れであるか! と耳元でうるさい美人は一旦無視だ。それよりも宿の手配である。
「あ、あの、ベッドですけど……」
「ツインで」
「馬鹿を言うな! ダブル! いや、キングサイズに決まっている! 僕らは夫婦だぞ! それと、枕はふっかふかのものを用意するように!」
「ちょ、馬鹿!」
「ヒイィッ! き、キングサイズベッドとふかふか枕ですね、かしこまりましたぁっ! お、おいミネルバ! お荷物を運んで差し上げろ!」
言うや店主は、どでかい台車の上に俺達の荷物をどさどさと積み上げ、ミネルバと呼ばれた従業員に押し付けるとそそくさと裏へ引っ込んでしまった。
「ちょ、おじさん待って! ツイン! いまからでもツインに!」
「さ、行こうタイガ。そこのミネルバとやら、部屋まで頼む」
「かしこまりました」
「かしこまらないで、ミネルバさんっ! ええい放せぇっ! クソッ、お前何でそんな力強いんだよ!」
モデル体型の癖に、こいつめっちゃ力強いな?!
何だよ、異世界人ってそんなフィジカル強いのか?!
結局、俺の叫びは誰にも届かず、ご機嫌なスロウにずるずると引きずられるようにして部屋の中に押し込まれてしまった。
眼前に広がるのはもう海のように広いベッドである。
何これでっっっか。
スロウはというと、ふむ、と言いながらベッドのスプリングを確かめている。「まぁこれくらいなら」とか言っているが、これくらいなら何がどうだというのだろう、詳細を確認するのが怖い。いや確認する必要はないけど。
「と、とりあえず、依頼だ、依頼」
落ち着け、俺。
まだ選択肢はある。
この部屋にはソファもある。
俺は全然それで良い。全然それで寝られる。
そうだ、スロウはお坊ちゃんだからきっと普段からあのサイズのベッドを一人で使ってるんだ。そうだろう? 金持ちってシングルベッドでなんか寝ないもんな!? な?!
テーブルの上に依頼書を広げる。
まぁそこまで大したことは書かれていない。『オオガマオニバチ六十匹の捕獲(あるいは巣の回収)』と、ただ、それだけだ。六十匹とはずいぶんと思ったが、だいたい一つの巣にいるのがそれくらいらしい。そして、数はそれほど重要ではない。要は、巣一つ分くらいの量を捕獲して来い、ということなのだ。
ここで困るのが、やはり俺にはこの世界の動植物についての知識がまるでない、ということだ。その辺のサポートも含めての『バディ制度』なのである。
が、ここでもスロウが驚きの活躍をみせる。
「『オオガマオニバチ』はかなり凶暴だ。その上、大抵の虫類に有効である火が、こいつには全く効かない」
こいつ、お坊ちゃんだけあって、教養だけはあったのである。神童と崇められたのは、あながち間違いでもなかったというわけだ。コイツ、思ってたより使える。ただ、本職の部分でポンコツなのと、生活力が皆無なだけだ。駄目じゃん。とりあえず、歩く専門書兼交渉役といったところだろうか。
「こいつに効くのは、これだ」
そう言って、ふわりと出したのは、バチバチと絶えず明滅する人型の光。雷の精霊である。
「何の用~?」
明らかに迷惑そうである。
曲がりなりにも主人に呼び出されたにも拘らずこの態度だがもう驚かない。雷の精霊・ゴロさんはチッと舌打ちをしてからサササと俺の方にやってきた。ゴロって名前もどうなんだ。
「とりあえず呼ばれたから出て来てあげたけどぉ、次からはタイガが呼んでよねぇ」
口調からして女性かと思われたかもしれないが、残念ながら違う。ゴロさんはオネエ系なのだ。くね、と身をよじらせて、テーブルの上に置いた俺の手の上に腰掛ける。低周波治療器のようなビリビリが伝わって来てちょっとくすぐったい。
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