第24話 告白




 来客用の部屋に通されてから、海神が部屋を出て行った後にヴェルナーが心底呆れたように言う。


「言い方を考えろ。海神界との戦争だけは回避しろと言ったはずだ。危うく全面戦争になるところだっただろう」


 長い髪をかき上げながら、ヴェルナーは息をゆっくり吐きだした。

 アシュレイザルもここにきて緊張の糸がとけたのか、今になって背筋がゾッとするような感覚に陥っていた。

 他の死神二名も「危なかったですね」と安堵の言葉を漏らす。


「だが、最高審問官らしい威厳のある態度であった。マグナリオ様の影が重なって見えたぞ」


 普段自分を褒めることなどなかったヴェルナーに褒められ、アシュレイザルは若干照れくさい気持ちになった。


「何を照れている。一触即発だったぞ。改めて立ち回りを考えろ」

「結果的にルヴァルの眼鏡に適ったのだからいいだろう。どのような言い方であってもあぁなっていたはずだ」

「結果論だ。しかし……仮に私が貴様の立場であったらこうはならなかったかもしれないな」


 そんな感情は持ち合わせていないだろうが、そう言ったヴェルナーは心なしか寂しそうに見えた。


「感情を持つ海神の者に対し、やはり感情を理解するお前の方が立ち回りは上手いか」

「感情はあっても、相手の考えまではそう深く理解はできない。ルヴァルの不死を必ず望むはずという妄信についても殆ど共感はできなかった」

「なんであれ、カイエルがくればすべて明らかになることだ」


 それから1時間程度経った頃、海神がアシュレイザルらを呼びに来て正式な審問がついに開かれることになった。




 ***




 審問の間に通されたとき、一番に目を引いたのはカイエルの姿であった。

 ここでも生きていられるように呼吸ができるように処置がされているようだった。

 いつも着ている服とは異なる海神界での制服のような白い服に着替えていた。


 カイエルはアシュレイザルに気づくとパッと笑顔をアシュレイザルに向ける。


 たまたまそれをルヴァルは見ていなかったが、最高審問官としてここは毅然きぜんとした態度を取らなければならない。

 頷くように軽く目くばせをしてアシュレイザルは審問の座についているルヴァルに視線を向けた。


 死神界の審問とほぼ同じように、他の海神が大勢集まっていた。

 その多くの視線をアシュレイザルらは一身に受ける。


 そしてマグナリオ、エルディオルらも拘束されたままこの場に召還されていた。

 マグナリオは口に拘束を受けていなかったが、エルディオルらは喋れないように口にも拘束を受けていた。

 もうエルディオルらの言葉など一切聞きたくないというルヴァルの考えが透けて見える。


「審問を始める」


 重圧感のある声でルヴァルがそう言うと、少しのざわめきは一瞬で静寂に包まれる。


 場の中央ではカイエルがまっすぐ前を見据え、証言台の上に立っていた。

 白い法衣の袖をきゅっと握り締める指先には緊張が滲んでいる。

 自らの言葉で、真実を語ると決めてここに立っているのだ。


「私の加護を持つ人間、カイエルで間違いないな?」

「はい」


 カイエルは緊張して震える声でやっとのことで返事をしているようだった。


「この審問は元最高審問官の潔白の証明のためと、お前の不死の加護についての再審理を行う」


 それを聞いたカイエルは目を大きく見開いて、どこか暗かった目に輝きが灯った。

 アシュレイザルが約束を果たしてくれたという嬉しさも相まって口元が緩む。


「まずはお前の生命力を不当に得た死神の審問を行う。お前の生命力を得た死神はこの者たちで間違いないか」


 その場にいる死神四名を見て、カイエルはそこにマグナリオの姿を見たときに一瞬固まった。


「僕の生命力を吸っていた死神は三名です。その死神は違います」


 カイエルはマグナリオの方を指さしてそう証言する。


「この者はこのルヴァルの暗殺の共謀者としてここにいる」

「暗殺……?」

「そうだ。お前から生命力を吸い取った理由はこの私を殺害すること。そしてそれを海神界に招き入れた共謀者としてここに処刑する判断を下した」


 その言葉を聞いて、カイエルは青ざめた表情をした。


「それは違います。彼は“最高審問官の職務は、死神界の秩序を維持し、他界との均衡を保つことだ”と言っていました。僕が勝手に死神に生命力を渡していたから……こんなことになって申し訳ないと思っています」

「……つまり、マグナリオはエルディオルら三名のお前に呪印をつけた死神とは無関係だと、そういうことか」

「アシュが……アシュレイザルが僕の首の呪印を見つけても、最高審問官がもしかしたら絡んでいるかもしれないとすぐに上に報告しなかったらしいんですけど……元最高審問官は僕の呪印を見つけたらすぐに動いてくれました」


 アシュレイザルの名前が出たところで、ルヴァルはアシュレイザルを睨んだ。

 エルディオルらは何か言いたげにしているが、しっかりと拘束されており唸り声さえ出せないようだった。


「定期的に来ていた死神たちはまだまだ僕の生命力を吸いたかったと思います。それを制する行動をとった彼が共謀者とは考えられません」


 カイエルのその言葉に納得したようにルヴァルは「ふむ」と片手で顎のあたりを触った。


「一理ある話だ。事実、エネルギーが足りずに私を殺しきれなかったしな」


 ルヴァルは自分の服をめくり、傷がカイエルに見えるようにすると、カイエルはそのおぞましく生々しい傷を見て恐怖の念を抱いた。

 自分が死にたいという願望をつきつめた結果、海神の命を脅かすことになってしまったという罪悪感が支配する。


「マグナリオ、今一度問う。貴様は私の暗殺計画の共謀者ではないのか」


 ルヴァルがマグナリオの方に向かってそう問うと、マグナリオは静かに答えた。


「はい。私はルヴァル殿の暗殺など全く考えておりませんでした」

「……しかし、最高審問官としての監督不行き届きの責任はある」

「それに関しましては申し訳ございません」


 温度のないマグナリオのの謝罪に、ルヴァルはしばらく沈黙した。


「…………」


 その沈黙は重く、長い。

 ルヴァルがふっと息を吐き、玉座に深く身を預けた。

 険しい表情は崩さないが、その目にわずかに“納得”の色が宿っている。


「……どうやら、エルディオルらの単独行動であったようだな」


 その言葉が広間に響いた瞬間、アシュレイザルの胸の奥にずっと張りつめていたものが一気に解けていくのを感じた。

 マグナリオの潔白が認められた――――それだけでも、ここまで来た意味はあった。

 あの冷徹で揺るがぬ背中を、ようやく守れたのだ。


 ルヴァルの深海のような暗い眼差しがカイエルを射抜く。


「加護者よ。お前は死を望んでいるという死神の主張は真実か」


 審問はマグナリオの話からカイエルの加護の話へと予告もなく切り替わった。


 カイエルはアシュレイザルとマグナリオに視線を送り、罪悪感と切実な願いを込めて、顔を上げた。


「はい……真実です」


 カイエルの返事を聞いて、ルヴァルはやはり信じられないような目でカイエルを見ていた。

 不死を望まないカイエルに納得ができないのだろう。


「僕は、死ねない運命を苦痛として感じています。僕が死神の方々を受け入れたのは、この命を終わらせてほしいと願ったからです」


 ルヴァルの顔に深い憤りと動揺が広がる。

 神の加護を否定する言葉は、神界の秩序の根幹を揺るがすものだった。


「何故不死が苦痛なのだ? どれほどの生き物が焦がれても手に入れられぬその加護の何が不満なのか。世継ぎを作れば不死ではなくなるという道もあるというのに、生物としての既存意識がないのか」


 まるでカイエルそのものの存在を否定するような言い方に、カイエルの表情は酷く曇った。


「僕は……両親にそうやって捨てられたから、僕も同じことをすると思うと引け目を感じます」

「好きな女の一人でもいないのか」


 その質問をされたカイエルは押し黙った。

 言いづらそうにしていたが、それでもカイエルは自分の感情に嘘をつくことができず、正直に告白した。


「僕は、アシュが……好きです」

「!!!」


 その言葉は静寂に満ちた裁きの間に、凍てついた氷を砕くような衝撃を与えた。



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