第15話 十一階から見える富士

ファーストアサインは、赤坂の自社ではなく、大崎だった。


大崎駅の改札を出た瞬間、ミヘは足を止めた。目の前に広がる四棟の高層ビルの谷間から、春の陽光がガラス窓に反射し、きらきらとまぶしい光を放っている。名古屋時代の郊外オフィスとは比べものにならない都会的な風景。東京に来たのだという実感が胸に湧き上がる。


「ここから、私の本当のキャリアが始まるんだ」


内心でそう呟きながら、彼女はビル風に揺れる髪を押さえ、クライアント先の高層ビルへと足を進めた。


受付で名前を告げると、案内の女性が柔らかく微笑み、ゲストカードを渡してくれる。エレベーターに乗り込み、表示パネルに浮かぶ数字を見ながら十一階で降りると、そこには広々とした休憩スペースがあった。壁一面がガラス張りで、遠くに山並みが見える。


「富士山……」


心の中で反芻した瞬間、彼女は箱根で友人と見たときの光景を思い出しかけた。


――富士の山が彼女の人生を通して何度も姿を現すことを、このときのミヘはまだ知らなかった。

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