Technology 0.5
蒔文歩
人間になれない戦士たち
「私たちは、あなた方を誇りに思います。」
「人間のために天命を尽くし」
「鉄と鉛で作られた命を賭け」
「未来を与えてくださいました。」
「生き残ったあなた方」
「死んでいった同胞たち」
「私たちの手足となり、戦った。」
「だから、許してください。」
「どうぞ、安らかに。」
2XXX年。世界の科学は、最高峰へと到達した。
人間は、科学というものをどうしても私欲のために使ってしまう生き物なのだろう。
世界大戦が起こるのは、時間の問題だった。
人はまるで、こぼれ落ちるかのようなスピードで、命を落としていく。
戦車、毒ガス、そして………戦闘用ロボット。
長い長い死の連鎖が終わり、世界は平和を手にした。
手にしたように、思えた。
人間は、忘れていたのだ。
戦争で使われた、アンドロイドたちの行方を。
「えー、R/234号、ルイーザさん。」
「はい。」
機械仕掛けの声帯で、空間が揺れる。
青玉のような眼。
銀色の長い髪。
戦闘用アンドロイド「R/234号」。
コードネームは「ルイーザ」。
それは………彼女は、美しかった。
それが、敵を欺くために作られた美貌だとしても。
「システムに異常はなさそうかな。」
「はい。ありません。」
記録係の男性が、満足そうに頷く。
記録係、とは言っても彼が記録するアンドロイドは、ルイーザのみだ。
この会社が管理する残りのアンドロイドは、全て戦争で死んでしまったから。
「あの、記録係様。」
「アメリでいいよ。」
「アメリ様。今私をコードネームで呼ぶ必要はあるのでしょうか。」
ずっと、疑問だった。
記録時に本名とコードネームを同時に確認するのは、二度手間ではないか。
しかし、彼、アメリはゆっくり首を振る。
「いいや。僕が呼びたいんだ。」
「どうしてでしょう。」
「君のコードネームが、死んだ妹と同じだから。」
負の光が宿った双眼を、揺らすアメリ。
しかし、「同情」というプログラムが搭載されていないルイーザは、冷たく「そうですか」と言うだけだった。
結局、アンドロイドは人間になれない。
それは、ルイーザが一番よくわかっていた。
戦場。
グエルスタン小国は、劣勢へと追い込まれていた。
実践経験のないアンドロイドたちは、ほとんどが研究の進んだロボットたちに殺されてしまった。
目の前で、たくさんの仲間たちが殺されてゆく。
銃で頭を撃ち抜かれても
腑を引きずり出されようと。
出てくるのは、夥しい量の金属パーツのみだ。
つくづく、ルイーザは思う。
アンドロイドは、人間になれない。
血も涙も流れない。
瞬きもしない。
人間が落とす涙の意味も。
行き場のない憎しみの果ても。
きっと一生、理解できないと。
「R/234号、ルイーザさん。」
いつも通り返事をしようとして、言葉を止めた。
記録係の左頬が、厚い絆創膏で覆われていたからだ。
「打撲ですね。消毒してあるから大丈夫だと思われますが、冷やしていないと悪化します。」
「さすがだな。見ただけで症状までわかるのか。」
突如働いたシステムを、おどけた顔で称賛するアメリ。
しかし、その左頬は大きく膨れ上がっていて、絆創膏の上から見ても痛そうだった。
「今日くらい休んだほうが良いと思われます。」
「いいよ、痛みも治ったし。」
「大体、記録が終わった後にここにいる必要はないと思われますが。」
「こう見えて、暇なんだよね。」
明らかに事情がある様子だったが、アンドロイドが余計な質問をするのは似つかわしくない。
ということで、ルイーザは何も聞かなかった。
静寂。
彼には相当、似合わない。
「あのさ、ルイーザ。」
「はい、アメリ様。」
「死んだ妹がいるって、この間話したでしょ、僕。」
アンドロイドの記憶容量は、人間の比ではない。
即座にルイーザは「はい。」と答えた。
「僕、戦争孤児だったんだ。」
揺れ動く心。
ルイーザにはそれがない。
「戦火で家が燃えて、親も死んで。僕には妹しかなかった。」
「妹さんは、どうして死んでしまったのですか。」
「………栄養失調だった。十分に食べさせてやれるものがなくて。守れなかった。」
なんで、笑顔でそんなことを言うのだろう。
単純な感情しか知らないルイーザは、疑問に感じるしかない。
「今でも、思い出すよ。骨が見えるまでに痩せて。声にどんどん力がなくなって。」
「そう、ですか。」
薄い笑顔。
「人間は、脆いよね。」
「はい。」
「すぐ、死ぬよね。」
そんなことを言って、この男が何を伝えたかったのか、ルイーザにはわからなかった。
ただ無表情に、頷くだけ。
二人の日常は、続く。
五年前。グエルスタン小国首都。
「にーちゃん、お腹すいたぁ。」
「ごめんな。」
瓦礫造りの、小さな家。
小さな住人が話していた。
「にーちゃん、お腹すいた!」
「ごめんな………あ、雨だ。」
コロコロとした笑い声をあげ、雨の中へ突っ込んでいく二人。
「にーちゃん、」
「ごめんな、ルイーザ。」
これ以上、二人は何も言わない。
二人が最後に食事をしてから、三日が経っていた。
「に、ちゃ。」
「っ!」
「おなか、すいたよぉ。」
抱き抱えた妹の軽さに、少年は泣き叫びそうになった。
どうしてだ。
どうして僕たちが、こうなったんだ。
なんで、この世では子供より認知症の大人の意見が優先されるんだ。
僕たちは、何も悪いことをしていないのに。
「ね、に、ちゃん。」
「………うん。」
「ねむい。」
少年は、子守唄を歌ってやった。
いつか亡き母に歌ってもらった、懐かしい歌。
その手から体温がなくなっても、少年は歌い続けた。
誰にも見つけてもらえない、孤独な夏の中。
「R/234号、ルイーザさん。」
「はい。」
「システムに異常はないかな。」
「ありません。」
いつも通りの会話。
でも、何かが違った。
それはルイーザにもわかっていて、決して触れない方が良いことだということも、承知していた。
「今日、暑いよねぇ。」
「そうでしょうか。」
「流石にアンドロイドにはわからないかぁ。」
悔しそうに天を見上げる、記録係。
アンドロイドは思考した。
言っても、良いのだろうか。
自分がわかっていることを。
自分が聞いた、全てを。
「確か、観測史上最高温度だって」
「アメリさん。」
人間の話を遮るなんて、処分対象なのに。
ルイーザは止まらない。
「………私の焼却処分が決まったのですね。」
ルイーザは、一線を超えた。
それは、アメリの顔を見ればわかる。
静寂が、落ちる。
その時間にどんな名前があるのか、ルイーザは知らない。
R/234号は、優秀なアンドロイドである。
たくさんの戦闘用アンドロイドが殺された中、彼女だけは戦果を上げて帰ってきた。
それでも、彼女には些細な欠陥があった。
プログラム異常により、聴力が並外れて良いことである。
昨日のことだ。
『社長、もう少しだけ猶予を………』
『いや、もう十分だ。これ以上保護する余裕はない。』
ルイーザは、聞いていた。
生き残ったアンドロイドの、行方についての議論を。
『………明後日、R/234号を、処分する。』
他の会社のアンドロイドと一緒に大量焼却される、己の運命を。
「………なんで。」
「全部、聞いていました。場所はグエルスタン国立刑務所ですよね。」
場所を言い当てられてしまっては、アメリも返す言葉を失ってしまった。
何も、言えない。
やはり彼は、無力だった。
「………そうだよ。君は、明日、殺される。」
「そうですか。」
絶望なんて、やはりルイーザは知らない。
アンドロイドに、無駄な感情はいらない。
ただ使用人の命令に、従うだけ。
だけど。
「でも、アメリ様。」
「………うん。」
「あなたはずっと、その案に反対してくださいましたよね。」
これだけは、言っておきたかった。
彼女は、聞いていたと。
議論でずっと社長に反論していたのは、この男だと。
いつか頬に打撲を負った日は、ルイーザを馬鹿にした同僚と口論していたことを。
この人が、自分を守ってくれていたと。
「戦ってくださったのですね。」
「………でも、守れなかったよ。」
涙と絶望で作られたような、笑顔。
ルイーザは、かつての疑問をそのままぶつけた。
「なんで、泣くのを我慢するのですか?」
「!」
「どうして、笑うのですか?」
人間のことは、よくわからない。
気の使うところも
無駄に思える我慢も。
「………なんでだろうね。」
それが、最後だった。
今まで笑顔だったアメリの顔が、くしゃくしゃに歪んだ。
幼く見える瞳から、大粒の涙が溢れる。
「………ルイーザ。」
「はい。」
「抱きしめても、良い?」
ただの、プログラムとは少し違った。
何も言わず、ルイーザは彼の元へ歩み寄る。
その体を、アメリは強く、確かに包み込んだ。
「ごめん、ごめん!」
「………」
「守れなくてごめんっ!」
それがルイーザに対しての言葉なのか
妹の「ルイーザ」に対しての言葉なのか。
それはわからない。
彼は、二度も「ルイーザ」を失ってしまったのだ。
抱きしめられたルイーザは、何も言わない。
ゆっくり、優しい手つきでアメリの肩を抱いただけだった。
2XXX年、八月十日。
「そろそろ、出発だ。」
アメリが、薄っぺらい笑顔で出迎える。
表面上では、今日刑務所でアンドロイドの徴収がかかるとのことだ。
表面上では。
「今まで、ありがとうございました。」
「いいんだ。………元気で。」
その瞳が溢れそうになるのをルイーザは見たが、他にもここには人がいる。
あのことを話せば、彼は罪に問われてしまうだろう。
「それでは。」
アメリに、記録係に、背を向ける。
名残惜しくはなかった。
この時まで。
「………ルイーザっ!」
「!」
服の裾を、後ろから強く引っ張られた。
力具合で、誰かはすぐにわかる。
その人が泣いているのか、声だけではわからなかった。
周りの人の怪訝そうな視線を気にしながらも、振り向く。
アメリは、ボロボロに笑っていた。
「いってらっしゃい。」
その時、ルイーザの体の中で異変が起こった。
心臓部の底に、黒い異物が溜まるような、感覚。
「逝ってまいります。」
でも、その正体を確かめる術はない。
笑顔も見せず、ルイーザは離れていった。
これが、二人の最後の対話だった。
「入りなさい。」
刑務所に着いてから、鉄メッキで作られた部屋へ入れられるまではあっという間で。
厳重なドアが、重い音を立てて閉まる。
本当に自分はここで殺されるのだと、ルイーザは悟った。
焼却炉にしては広すぎるこの一室には、夥しい量のアンドロイドが並んでいた。
男性や女性の姿をしたもの。
小さな子供のようなもの。
最初で最期の顔ぶれが、詰め込まれていた。
『………アンドロイドの皆様。』
無線で、人間が語りかける。
『私たちは、あなた方を誇りに思います。』
自分が焼却されたら、どんな姿になるのだろう。
ふと、ルイーザは考えた。
鉄パーツだけが散乱するのか。
表皮だけ灰になり、骨格がそのまま残るのか。
『人間のために天命を尽くし』
最後の世界。
ルイーザは、耳を澄ましてみた。
『鉄と鉛で作られた命を賭け』
人間の子供の笑い声が聞こえる。
近くで笑っているのは、親だろうか。
『未来を与えてくださいました。』
誰かの啜り泣きが聞こえる。
「なんで、死んじゃったの?」
そう、無気力に問いかける声が。
『生き残ったあなた方』
辿々しい外国語が聞こえる。
確か、この小国が戦争で負けた国の母国語。
終戦を迎え、教育がより自由になった。
『死んでいった同胞たち』
人間の産声が聞こえる。
女性は妊娠したら、中絶しなくてはいけない。
戦争の邪魔になるから。
………そんな時代は、終わった。
『私たちの手足となり、戦った。』
嗚咽混じりの、咆哮が聞こえる。
それは、ルイーザが知っている声だった。
どこか幼くて、それでも優しい。
最後まで、彼女を守った者。
『だから、許してください。』
部屋の気配は、全くぶれない。
それがプログラムによるものなのか。
全員最初から、察していたからなのか。
ルイーザは、手を合わせた。
なぜ、なんてことはない。
ほとんど、無意識に。
『どうぞ、安らかに。』
ルイーザは、願う。
無意味とわかっていても。
もし、生まれ変わることができるなら。
次は、人間になれますように。
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