Act.13 ドンムーブ!フリーズ!ってやつさ

 二人の間に沈黙が流れる。メルピの顔つきはいつも通りだったが、ユティにはその裏にある真剣な眼差しをひしひしと感じていた。


(やっぱり、ちゃんと言わなくちゃ)


 ユティはコントローラーを置いてメルピの隣のクッションに腰を下ろした。


「――実は」


 ビー!


 ユティが息を吸い、吐き出そうとした瞬間、大きなブザーが静まった空気を破る。


「ごはんかな? は~~い!」


 メルピは笑って見せると、ツインテールを揺らしながらドアの方へ。言葉を飲み込んだユティも背中を追った。スライドドアが開くと、メルピとユティを見下ろすような細い目をしたボサボサ銀髪の男がいた。


「え~っと?」


「……ふん、見た目は人間だな」


 無精ひげに触れながら、男は二人を値踏みするように足先から頭のてっぺんまで見つめる。


「ついて来い。


 ぶっきらぼうに言い放つと、男は後ろを向いて歩き出していった。


 ユティとメルピは、黙ってその男が去っていくのを見守った――



 ……。



「――って、おぉい! ついて来いってんだよ!」


 通路の突き当りで振り向いた男は、ドアの前から動かない二人にびっくりした様子を見せて、走って戻ってきた。


「変なおじさんについてっちゃいけないって」


 ねえ? とユティに返事を促すメルピ。ユティは少し気まずそうに頷いた。


「この状況で軍服っぽい男が『ついて来い』って言ったら、イベントが始まると思うだろ。無駄な文字数を増やさせるなっ!」


 さっきまではビシッと立っていた男だったが、猫背になっている。ああ、もともとこうなんだなってユティは表情を変えずに心の中で呟いた。

 しかしどこかで聞いたことのある声だった。


「文字数……ですか?」


「このおじさんが無駄に増やしてるような気がするけど?」


「だああ! 別に水増ししてるわけじゃねえんだよ! こういう落ち着いた回も必要ってだけで……って、俺は何を言っているんだ……」


 男は自分の頭をわしゃわしゃして一人で唸った。

 ユティとメルピは目を合わせ、同時に首を傾げる。


「すみません。日常回とか文字数とか、Web小説のことはよくわかりませんが、突然現れてついて来いというのが地球人のマナーなのですか? 私はそれは失礼だと思いますので、自己紹介をします。私はユティ・ティング=タングス、そして――」


 ユティは軽く胸に手を当てて名前を告げる。まず名前を名乗る。それが大切であるとユティは司令官から口酸っぱく言われていた。


「……メルピ・ミング=テーン。宇宙の怪獣だかのパイロットだろ」


「え~! メルピのこと知ってるんだぁ~! 嬉しい~!」


 男はばつが悪そうに後頭部をずっと搔いている。


「いえ……機械獣ですが……」


「どっちでも一緒だろ? ま、とりあえず、俺はお前らの素性は軽く知ってる。早く済ませたくて先走ったのは事実だな。俺は帷子理かたびら おさむだ。お前らと一緒だ。だよ」


 僅かに姿勢を正し、理と名乗った男は自嘲気味に口元だけ歪めた。


「博士、は分かるだろ。そいつが呼んでる。ヴァルファーのパイロットもいる。あと、でっけぇロボもな。……ったく、あんなのあるなら、最初っから出せって話だよな?」


「ミロ子ちゃん……無事だったんですね!」


 食い気味に理に近づくユティ。思わず理は後ろに下がった。


「無事かは知らん。そういうことだ。わかったならついて来い。今度こそ、いいな?」


 そう言って理は先ほどの突き当りに向かって歩き出す。


 ユティとメルピは、無言でその背中を見送った――



 ……。


 理は振り返ると、ズルっとすこしだけこけた。


「あのなあお前ら。俺のことネタか何かだと思ってないか!?」






 ――地球防衛軍秘密研究基地『指令室』


 指令室に足を踏み入れた瞬間、壁一面に並ぶ巨大モニターと、全力で休むスタッフたちの熱気が二人を包む。何十人ものスタッフが休んでいた。コーヒーを飲みながら談笑したり、特大モニターを駆使してゲームしていたり、たまに紙飛行機も空を飛んでいる。


 真っ先に目に入ったのは、ひと際大きなロボ――アークだった。

 その周囲には人だかりができている。「アークのターン!」とサングラスのような目をチカチカさせながら、カードゲームをしていた。


 室内の中央には、部屋全体を見渡せるようにせり出した半円状の台座が設けられていた。全体を見渡せる展望台のようになっており、三人は階段を上り辿り着く。


『やあやあ、怪獣のお嬢さんたち。ようこそ! 極東の最前線へ!』


 台座の上にあるパソコンの画面に映る『SOUND ONLY』 の文字。

 その隣には、両腕で自分を抱くように小さくなっているミロ子が立っていた。包帯でぐるぐる巻きにされ、片目には眼帯。

 気配を感じたミロ子はユティと目が合うと表情を一瞬だけゆるめたが、すぐに目を逸らし顔を伏せた。


『理くんもご苦労様! 今、現場はちょうど休憩中でね。ま、連勤三十六時間超えだし、そろそろストでも起きるかな~って思って、指示出すのやめてるんだよ。自主的に、ね。その結果が、これさ。指揮官の私としては、指示を出さなくても働き続ける蟻が欲しいんだけどね』


 理は登り口付近にあったソファに腰掛けると足を組んで「ふん」と漏らした。


『お好きなソファにどうぞ。あ、お疲れなら寝転んでもいいよ?』


 ユティとメルピは理の反対側にあるソファに並んで腰かける。モニターの傍にいるミロ子は、下を向いたまま立ったまま動かなかった。 


『一週間無言を貫いたんだが、この件は関係各所に出回ってしまってさ。けっこうな問題になっているんだ。なにせ、重要機密が一件に地球外勢力が二件。ここに集中してしまってるからね。もともとアークもいたし目は付けられていたんだけどさ』


 博士と思われるデフォルメキャラが、やれやれと画面に出現する。


『で。偉い人たちにも報告が必要になった。我々としては内々で済ませるつもりだったから、今さら巻き込むのは本当は気が進まないんだけど……。というか十分巻き込ませてしまっているね! ははは!』


 博士はかいつまんだ情報を話しているが、ユティの頭には全く入ってこなかった。気になるのはミロ子の姿。無事であったことへの安堵感と、痛々しいその姿に胸が苦しくなる。

 大浴場で自己紹介しただけの一言二言の会話だけだったが、ユティはミロ子が気になって仕方がなかった。


『さ、では本題に入ろう』


 こほんと、博士は咳払いをすると、申し合わせたように武装した兵士たちがユティたちを取り囲んだ。


「え、ちょっと待って! 地球のもの壊しちゃったのは謝るからさ!」


 顔の見えないヘルメットをした数人がユティたちに立ちふさがる。メルピはしなしなになったツインテールごとユティにしがみついた。


『この人たちも休めばいいのにねえ。別管轄なんだ、ああ辛い。私も辛いんだ』


 ミロ子は今にも飛び掛かりそうなほど睨んでおり、動き出した瞬間取り押さえられてしまう。理は表情を変えずに、軽く両手首だけを挙げている。


『これを言うと、仕事してる感があって抵抗あるんだけど。まあ、書いてあるメモをそのまま読むよ。嫌だけど、そういうものらしいよ地球って星はね』


 一拍置いたのち、博士は変わらぬ平坦な口調で続けた。


『君たちを拘束する。はい。オヤクソクってやつで、ひとつヨロシク――』





 つづく……。

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