Act.10 勝つための方法

【ユティ・サイド】

 

 私は何をしにここに来たんだっけ?

 当たり前のように負け続ける日々。いつしか闘争心も消え失せて、その穴を埋めるように他に夢中になれることだけを考えるようにした。

 地球人の真似をして、ドキドキするのがなんだか楽しかった。


 ――どうせ負けるなら、戦わなくてもいい。


 戦わないなら負けることはない。楽しいことだけに集中しよう。そんな自分勝手な考えで頭がいっぱいになってしまった。そうしたら、後先なんて考えないで地球側に降参していた。


 その日の夜。

 不思議な感覚に体が痺れて、見えた「負け癖」という文字に唖然としたけど、どこか納得した自分もいた。

 地球側に寝返るだなんて、その時点は私は「負け」ているんだ。地球側に対しても、六侵という立場からも、自分自身からも。



 本当にどうしようもない――



「全力でぶちかませ!」


 ――全力。


 全力……?




【理・サイド】


 ロージェは理の予想通り、シャトルに気を取られている。撃墜されるのも、気を引く爆音の音楽も、ロージェに宛てたメッセージも作戦のうちだった。

 ニクロムは地を滑走しながら、シャトルの反対側からブラスロウに向かって最短距離で移動していた。

 シャトルは無人だ。ただ落ちているだけ。


 シャトルが真っ二つになって地上に激突し爆炎を上げる。

 タイミングを見て手元のスイッチを操作すると、シャトルからブラスロウに録音した音声が流れる。


『シャトルに……足が、くっ!』


 我ながら酷い演技で聞くにも堪えなかったが、ロージェにとっては効果はあったようだ。むしろそうなってもらわなければ困る。

 ブラスロウの腕は下がり、ライフルを構えることもやめている。理をほんの少しの後悔が襲ったが、アクセルペダルごと踏みつぶした。


「外道だにゃ」


「人間とは思えませんね」


「AIが人間を語ってんじゃねえ。……作戦なんだよ、勝つためのな」


 ――勝つしかない。負ければ、全部終わりだ。


 理が考えているのはそれだけだった。両腕部の30mmマシンガンの引き金に指を添えながら、フルスロットルで基地内部に侵入。

 障害物を躱し、跳び、「陸」から「空」へ。


「AIども!」


 理はウッドとワットに命令する。心底嫌だったが、ウッドとワットを駆使しなければブラスロウと対峙することは不可能だ。

 そして勝つには、ロージェのメンタルも利用するしかないと判断した。


 卑怯? 外道? そんなもの、一の勝利と比べたら考える余地もない。


 両肩から二基の球体がニクロムの周囲を飛び交う。立ち込める煙を突き抜け、一気に距離を詰めた。


「行くぞ! 突き破れえええーーっ!!」

総員、攻撃開始ファイアァッ!」

 


 ――球体の欠点は、ずばり多方面同時攻撃だ。



 理が合図すると同時に、少ない地上部隊がブラスロウに火力を集中する。ないよりマシなだけの砲撃。どれもがブラスロウには到達しなかったが、球体のうちどれかが防御に回っているということだ。それで十分だった。

 あまりにも唐突であったし、協力は期待してはいなかった。よくもまあ乗っかったなと、理は鼻で笑ったが、心の中では感謝していた。


相殺開始オフセット――」


「上上、下下、左右にゃあー!」


 ウッドとワットの気配に、ブラスロウの球体は即座に反応した。

 ブラスロウの背後に肉薄するニクロムとの間に、ぶつかり合う衝撃音だけが響く。

 AI同士の激突音だ。お互いがお互いを予測し合い、相殺し続ける攻防戦。爆竹のように破裂し振動する見えない空気の波は恐怖を覚える。


 二対四。

 いずれ押されるだろうが、数秒くらいは完全に無効化できると踏んでいた。一手遅れ、振り向くブラスロウからロージェの狼狽した声が理の耳に届いた。


「な、にィィ!? ニクロム……!?」


 理はまず、無防備に垂れ下がったブラスロウのライフルを狙う。右腕の銃口から放たれた数発の弾丸が武器を叩き落とした。


「くっ……! 囮かァァ!? てめェ――理ゥゥゥゥ!!」


 カチッ! カチッ!


 操縦席のモニタに映る弾数「0」の表示。

 左の残弾数を確認する。まだ「30」残っている。連射から単発に切り替える。無駄撃ちはできない。


「このゲス野郎がァァーー!!」


「はっ! そっくりそのまま返してやるよ!」


 接近戦は、既に加速中のニクロムに分がある。左手はブラスロウの左腕を掴み、クランプのように食い込ませ固定した。圧迫される関節部から火花が散る。同時に、ニクロムの右腕が素早く持ち上がり、ぴたりとブラスロウの胸部装甲に突き付けた。


 引き金を引く寸前――ニクロムの左腕が関節部から切り落とされた。四基のうちの一基が攻撃を仕掛けてきた。腕が離れ、ブラスロウとの距離も遠くなる。


「ったく! なにやってんだよ!」


「四つは大変なんだにゃ!」


 基地の火力と、ウッドとワット。更に背後からの奇襲を仕掛けても、ニクロム本体に攻撃する余裕を与えてしまっている。


 もう少しだけ火力があれば、と理が心で呟く。

 理に呼応するかのように、ブラスロウを狙った一筋の光が夜の闇を裂いた。

 すみれ色の光の矢――その眩さに理は目を細める。ヴァルファー渾身の突撃であったが、理には遠距離からのレーザー射撃に見えた。


 衝突の寸前、見えない鏡にぶつかったかのように光矢は弾き返される。ヴァルファーの残光は砕け、宙に霧散し、地上の瓦礫の山に激突して閃光は闇に帰る。


「一基、機能停止しました――残三基」


「おぉ! あの機体めちゃくちゃ速いにゃ!」


「機体?」


 ウッドの報告は予想外の吉報だった。意表を突かれるが、理は考えるより早く、本能的にマシンガンを放った。一発、ブラスロウの右脚部に命中。二発、その上の関節部に命中。三発、胴体に命中する。


(――このまま!)


 そう確信した理だったが、四発目以降の弾丸は、すべて地上の砲撃と同様に無効化されてしまう。攻撃よりも防御を優先したのだろう、理は下唇を噛んだ。


「ああああ! 皆殺しだァァアァ!!」


 ロージェは狂ったように雄たけびを上げると、金色の球体の動きが加速し始める。



 その輝きを覆い隠すように――巨大な影が煙の中から現れた。



 そして、重なった少女の声も月夜に轟く――!





 つづく……!




────────────



 次回、【第一章 ガチ!侵略少女】 ラストエピソード!

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