第一話 暗殺剣 七

     七


「ゆけっ!!」

 外記の合図で、御用提灯が高くあげられ、道場の玄関を取り囲んだ捕手が出入り口の引き戸を蹴り破った。

 夜の静寂しじまを破って、捕手隊の「御用!! 御用!!」の声が周囲に響き渡った。

 掛矢かけやが板戸を破壊する音がして、道場内に捕手たちが躍り込んだ。

「うわっ、なんだ!!」

「てめえ、なにもんだ!!」

「捕り方だっ!!」

 寝込みを襲われた門弟たちが龕灯がんどうで照らされ、眩しがっている間に、捕具で抑えられ、捕縛されていった。

「おのれ!!」

 起き上がった猪首の浪人、飯塚磯之介が起き上がり、大刀を鞘ごとつかんで刀を抜いた。

 だが、土間から駆け込んだ暮坂外記が、飯塚の右肩口に斬り込んだ。

「ぐああああっ!!」

 飯塚磯之介は血の花を咲かせ、前のめりに板場に倒れこんだ。

「ひっ、人殺し……」

 寝惚ねぼまなこを見開いた浪人のひとりが、武装した町方同心の顔を見て仰天した。

「あっ、あいつは暮坂外記だ」

「おれを知っているお前は、いつぞやの刺客、乾太兵衛だな。今度こそ白黒つけるか?」

「ひええええっ!!」

 すっかり負け犬が板についた乾太兵衛が背を向けて逃げ出した。盗人の長吉もそのあとについて逃げ出した。

 井馬の門弟の浪人や、鬼首一味が浮き足だった。

「ちきしょう!! 暮坂外記め、よくもここが分かったな!!」

 えらの張った悪相の男が凄まじい形相で外記を睨んでいた。

「そのつらは兄貴の礼蔵にそっくりだな――貴様が鬼首の半兵衛か!!」

「くそっ!!」

 半兵衛が匕首を取り出して構えるが、怨敵おんてきの暮坂外記を見ても斬りかかってこなかった。

「どうした、かかってこないか」

「ううぅぅ……」

 半兵衛がかたかたと震えて固まっている。

「無力な町人を惨殺することは慣れているが、刀を持つ武士に立ち向かっていくことはできないか?」

「ぐぅ……」

 自分で仇を討つ腕も度胸もなく、井馬道場の刺客を雇ったくらいだから、ここにきて怖気づいたようだ。

 その隙をついて、外記が刀を一閃。匕首が宙に飛んで天井に刺さった。

「げっ!!」

「頼蔵、おまえたちは鬼首の半兵衛を捕えろ!!」

「へい!!」

 弥陀の頼蔵と甲吉が半兵衛に組みつき、押し倒し、そこへ与太八が後手に縄をかけた。

 浮き足立つ浪人ややくざ者の門弟を、暮坂外記が縦横無尽に刀をふるって斬り倒していった。

 裏口から逃れようとした乾太兵衛の前に、尾形伝兵衛が姿を見せた。

「そこをどけ!! どかんと切るぞ!!」

 追い詰められた乾太兵衛が抜刀して尾形に斬りかかる。

「抜かせ、ごろんぼ浪人!!!」

 尾形が乾の太刀筋を見切って避け、横薙ぎの一撃をくれてやった。胴の三分の一を切断され、血と腸物(はらわた)をぶちまけて横に転がった。

 それを見て青くなって、尻もちをついた長吉を、西戸三郎太が躍りかかって縛り上げる。

 道場内に悲鳴と絶叫が木魂こだました。

 外へ逃れた浪人ややくざ者が大刀や長脇差をふるって抵抗した。

「てめえら、どきやがれ!!」

 そこへ梯子を持った捕手たちが押し包む。

 四方梯子といって、捕り手四人一組で梯子を持って盾にする。刃物を振り回す浪人ややくざ者たちを四方から梯子で取り囲み、ぐるぐると回って悪党たちに反撃の隙をあたえず、隙をついて梯子の外から刺股や突棒でこづいて戦闘力を奪っていった。

 そして弱ってきた悪党を、井桁状いげたじょうに組み合せて、囲んで捕えていった。

 寝込みを襲われた井馬道場の門弟や浪人たちは戦闘力を失い、死ぬか重傷をうけた。やくざ者や盗賊は捕手の捕具によって、抵抗むなしく召捕られていった。鬼首の半兵衛一味と、ならず者道場の者はほとんど捕えることができた。だが、一名だけ足りないことが判明した。

「いない、井馬隆玄はどこだ!?」

 暮坂外記は道場主がいないことに気づいた。

 捕手たちが御用提灯や龕灯で照らして捜索すると、道場内にある屏風の影の壁に四角い穴が見つかった。外の景色が見える。

「こりゃあカラクリ仕掛けの隠し扉のようですぜ」

 頼蔵が仕掛けを調べてあきれたようにいった。

「なんて奴だい。道場主のくせに、弟子や仲間を見捨てて、自分だけ逃げていきやがったようですぜ」

「大きな城には脱出用に抜け道が造られていると聞くが、よもやこんなボロ道場にも設けてあるとはな……尾形、後は頼んだぞ!!」

「おう、気を付けろよ!!」

 外記が外へ飛び出し、頼蔵があとをついていく。近くにあった破れ塀を出て、外を眺めまわした。周囲には田畑しかない。薄闇であったが、流れ雲が途切れ、月光が皓々と周囲を照らし出した。

「旦那、あそこに動く影が!!」

「どこだ!!」

 頼蔵が指差す方向に、畔道あぜみちを走る人影が見えた。外記が追いかけるが、鎖帷子を着込んだ身体では追いつけない。それをくんだ頼蔵が走っていった。

「まちやがれ!!」

「深追いするな、頼蔵!!」

 頼蔵が顔を真っ赤にして畔道を駆けていった。そして数丈ほど離れた地点で立ち止まり、懐から夜目にも白い卵を取り出して、井馬隆玄めがけて投擲とうてきした。

 卵はいきおいよく逃げる男の背中にあたってからが割れ、粉状のものが周囲に飛散した。

「わっぷっ、なんだこれは!?」

 井馬隆玄が悲鳴を上げた。頼蔵が投げたのは卵の中身を抜いた卵殻の中に、目潰し用の一味唐辛子やヒハツ、粉山椒をつめたものだった。投玉子なげたまごあるいは目潰しと呼ばれる捕物道具であり、今でいう催涙弾のようなものだ。忍びの者がつかった鳥の子という忍具が元になったという。

「おのれ、下郎!!」

 粉だらけの井馬隆玄が振り向いて、刀を抜いて頼蔵めがけて斬りかかっていった。頼蔵は十手を構えてその切っ先を受けた。

「お前さん、目が見えるのかい!?」

「おれも武士の端くれ、咄嗟とっさに両目を袖で覆ったさ」

「ちきしょう!!」

 井馬隆玄が大刀を振り上げたとき、

「下がれ、頼蔵!!」

「旦那ぁ!!」

 背後から外記が追いついてきた。井馬隆玄は刀を振りかぶったまま、標的を外記に変えた。

「貴様が暮坂外記か……ちょうどいい、半兵衛には貴様をおれ自身の手で斬ると約束した。ここで決着をつけてやる」

「半兵衛はもう捕まったぜ。貴様も大人しく投降した方がいいぞ」

「うるせい、おれの裏稼業がばれたら、島送りではすまない――ここで貴様を斬って江戸を売る」

 隆玄は弟子と殺し屋稼業をし、鬼首の半兵衛に協力して、弟子を盗賊働きさせていたのだ。他にも叩けば罪状がいくつもでそうだった。

「そうはいくか。ここで決着けりをつけてやるぜ」

 外記が剣尖を井馬隆玄の左眼にすえ、青眼の構えをとった。

 対する井馬隆元が上段の構えのまま、両足を撞木足にとった。重心が低くし、右転左変するため、外記と正対しない構えをとった。

「浅山一伝流、井馬隆玄」

 ふたりは三間余の遠間で対峙した。

「直心影流の暮坂外記だ」

 同心と刺客の元締めという立場を越え、武芸者として名乗った。

 じりじりと睨みあっていた。

 井馬隆玄の左眼にすえられた剣尖は、すさまじい威圧を生じた。隆玄はそのまま剣尖が伸びて、目を突かれる恐怖を感じた。

 暮坂外記も、隆玄の構えた刀身から放たれる剣圧で、己が一刀両断にされる幻影を感じて焦った。

 きらりと刃が月光を反射はねた。

 同時に二人は斬りつけた。隆玄は上段から躍りかかり、外記は横斬りで切り結んだ。

 ふたつの刃が青火を散らし、鏘然しょうぜんと、夜気をつんざいて鳴り響いた。

 隆玄は二の太刀で外記の首を狙って打ち込んだ。

 が、それよりはやく、外記が駆け、膝下から刀身が三日月を描いて閃いた。

 隆元の右腰骨から左肩まで、逆袈裟斬ぎゃくけさぎりに斬り上げた。

 二人が交差した。

 隆玄がにやりと笑い、身体から斜めに斬られた傷口から真っ赤な血が噴き出た。彼の上体がかしいで、よたよたと前に泳ぎ、腰から崩れるように転倒した。

「旦那ぁぁ!!」

 頼蔵が外記に駆け寄った。

「暮坂の旦那、やりましたね!!」

「ああ、道場の方はどうなった?」

「きっと尾形さん達が道場のならず者たちを制圧したでしょうよ」

「そうだな……」

 外記は緊張の糸が切れたように、どっと両肩に疲れが襲いかかってきた。

 かくして、外記の命を狙っていたならず者道場の井坂隆玄一統はことごとく壊滅し、盗賊・鬼首の半兵衛一味はすべからく捕縛された。鬼首の半兵衛らは磔獄門になって、兄の待つ地獄へ落とされるのは確実だろう。


 事件が片付いて、北町御番所での手続きを終えた外記は八丁堀の自宅へと帰った。すでに日が上り、朝霧も消えかかっていた。

 それに気づいた冬吉が「旦那さまのお帰りだよ!!」と嬉しげに母屋へ伝えた。冬吉と音松は捕り方に参加したかったが、万が一を考え、家を守るために残されて、交代で不寝番を務めたのだ。

「旦那さま、お帰りなさいませ」

 玄関に妻の琴路が、鉢巻に襷がけに、薙刀を持った物々しい姿で出迎えていた。

「なんだ、お前も不寝番をしていたのか……」

「旦那様に留守をたのむと言われましたので」

「おれを狙った悪党一味はことごとく退治した。これで枕を高くして眠れるというものよ」

「よかった……」

 一晩中気を張っていた妻がほっとしたように息を吐いていた。

 それを見て、外記はつくづく良かったと安堵した。

 太陽が高くのぼり始め、温かい日差しがふたりを見守っていた。



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