かぐや姫、推しが尊すぎて月に帰れない件

花咲 千代

JKなかぐや姫


 竹宮輝姫かぐや

 十七歳、東京在住(乙女座、AB型)

 圧倒的おじいちゃん、おばあちゃん子。

 そして、おとぎ学園高等部のマドンナにして、絶世の美女。

 長い黒髪姫カット。

 傾国の美貌の彼女は一歩歩けば誰もが足を止め、一日に三十人に告白され――

 文化祭のミスコンは激戦の末六連覇。

 ナンパやスカウトは食事より多い。

 そんなモテまくりな学園の高嶺の花を、人は皆「現代のかぐや姫」と呼ぶ。

 まさしく現代に降り立ったかぐや姫。

 そんな彼女が夢中なのは、ネイルでもコスメでも服でも、アクセサリーでもない。

 ――「推し」だった。


 

「はぁ〜、尊すぎる!神?なにこのビジュ、イケメンすぎるんですけど!マジで神!生まれてきて良かった‼︎」

 そう叫びたい。そんな感情をどうにか押し留めて、すまし顔で電車の椅子に座って背筋を伸ばす。

 推しとのコラボ商品であるイヤホンを耳にファンクラブ限定配信のライブ映像を見るのが、輝姫かぐやの下校ルーティンだった。

 学園ではオタクであることはおくびにも出さない。

 けれど、この至福の時間のために一日頑張ってきたのだ。

 ライブ映像に映る推し達の、笑顔と煌めく汗。

 全てが美しい。

 そして尊い。

 心の中でサイリウムを振りながらアップにされた推しを見つめる。

 ああ、早く二ヶ月経ってほしい。そうすればライブで推しに会えるのに。

 輝姫かぐやが焦がれに焦がれ、崇め称える推し。

 それは、今をときめく男子J-popアイドルグループ、「DOUWAプリンス」だった。

 揃いも揃って顔がいい上にトークも上手。

 パフォーマンスも最高!

 推すしかない。

 名もなきデビュー当時、いやオーディション時から国民的アイドルになるまで、ずっと箱で推し続けてきた輝姫かぐやは、全てのライブに足を運び、ファンの間でも伝説のガチ勢だ。

 メンバーと同年代かつファンとしての認知度も高く、生配信ではほぼ毎回コメントを読んでもらえる。

 輝姫かぐやは今、幸せの絶頂だった。


 ***


輝姫かぐや、今日は何通貰ったの?」

 学校から帰るなり、そのままリビングでイヤホンをしてスマホを見つめる輝姫かぐやに、祖母が苦笑いで問いかける。

「祖母」といっても彼女ら夫婦は施設から輝姫かぐやを引き取った里親だ。

 還暦手前にもかかわらず怪我も病気もない夫婦はそれぞれ竹林保護組合とクリーニング屋で働いている。

「……今日?数えてないけど、二十通くらい?」

 祖母にチラリと目を向けて、輝姫かぐやは答えた。

 彼女が座るソファの脇には、白い小綺麗な紙袋がある。

 中には、今朝下駄箱に突っ込んであったり、わざわざ体育館裏まで出向いて受け取った約二十通のラブレターが詰まっていた。

「そろそろ置き場所に困ってきたねぇ、毎日雪崩のようじゃないか」

 祖母のリアクションは、困っているのか困っていないのか、よくわからない。

 一応困っているらしいけど。

「ゆうて、あれ以上場所ないでしょ」

 輝姫かぐやはイヤホンを外し、リビングの壁一面に取り付けられたラックを顎で示す。

 ラックには所狭しと大量のラブレターが詰まった引き出しが並んでいるが、地震でも起きればあっという間に崩れてしまう。

 竹宮家にとって首都圏直下型地震が起きた時、最も懸念すべきは停電でも断水でもなく、ラブレターが雪崩を起こしてリビングが埋もれることなのだ。

「彼氏の一人でも作れば、どうにかなるんじゃない?」

「えー、彼氏?」

 イヤホンを付け直そうと持ち上げた手を、輝姫かぐやは中途半端に止める。

「ほら、毎日ラブレターくれたり、色々してくれる子が何人かいるじゃない。ええと、石谷くん、しゃもじくん、右部みぎべくん、小豆みたいな名前の子と、中麻くん、だっけ?皆んないいとこの出だし、いいんじゃない?」

「議員の息子の石山、御曹司の車持しゃもち右部うべ、旧家の大納言と、警視総監の息子の麻中ね。ちょっとずつ違うのマジ最高なんだけど」

 輝姫かぐやはクスリと笑って今度こそイヤホンを付け直す。

 再生されたライブ映像をうっとりと眺めながら、

「彼氏ねー、なんか学園で戦いでも起こりそうなんだけど。おとぎ戦国時代、的な?」

 と呟いた。

 少女漫画のテッパン、「私のために争わないで!」が学園規模で起こるなんて、迷惑以上の何でもない。

 そもそも輝姫かぐやの興味は全て推しへ向いている。

 そこまでして彼氏が欲しい訳でもないし、自分が迷惑するような恋愛関係なんてまっぴらごめんだ。

 顔に釣られてくるだけなら、その恋もいつかは薄れてしまう。

「そうならない相手がいいな……」

 幸運なことに相手は地位もある金持ち。

 それならば、証明して欲しい。

 竹宮輝姫かぐやへの愛は本物なのか。

 思想には共感も肯定もするが、世の中金でどうにかなると思っているようなヤツに用はないのだ。


 ***


 翌日。

「今日、放課後私の家に 竹宮輝姫かぐや

 要点のみの端的な文。

 最早封筒に入っていなければ便箋にすら書いていない、その辺の付箋に書かれた手紙とも言えない手紙に、学園中が揺れた。

 なにしろ、入学式から今まで輝姫かぐやは一度もラブレターに返事をしなかったのだ。

 直接告白されても、のらりくらりとかわしてしまう。

 それなのに、一度に五人もの相手に返事を渡した。

 後に生徒は語る。

 まさしく学園史に残る大事件だった、と。

「え?返事?そんなことある?」

「デマじゃねえの」

 の様な噂程度ならいい。

 が、その程度で終わるものでもなく……

 そう、学園中に現れた暴徒に、生徒会長の胃が発狂したほどの大事件となった。

 一歩歩けば誰もが彼女に視線を向け、噂は止まらない。

 大好きな古典の授業も、誰として先生の話を聞かずに輝姫かぐやを伺っているのだから、全く集中できなかった。


 ***

 

「かぐちゃんも大変だねぇー」

「からかってるでしょ」

「もちろん、こんな面白そ……大変そうなことないって」

「嫁比べならぬ彼氏比べ、興味しかないってば」

「ほんと、それ」

 お昼休みのカフェテリア。

 窓際の最も人気のテーブルで、学園の四大美女が恋バナに花を咲かせていた。

 もちろん、話題は輝姫かぐやのラブレターについてだ。

 学園中の注目を集める竹宮輝姫かぐやと、毎年、水泳だけ成績が伸びた竜宮乙姫たつのみやおとめ

 手芸部部長の天川詩織あまかわしおり

 くじ運が異常に良い宝鉢勝姫ほうばちかつき

 この四人がカフェテリアに勢揃いすることは珍しくはない。

 そんな時は、決まってカフェテリアの売り上げが爆上がりするのだが、それは当人たちは全く知らないことだった。

 いや、自分たちの顔面の価値は分かっているのだから、察している。

 興味がないだけである。

「でも、彼氏がいると人生色づくよ?」

「そういう詩織は超遠距離じゃん。会えるの、一年に一回なんでしょ?」

「そうだけど、その日のために頑張れる。気持ちわかる?」

「分かるけど、それとこれとは違う気がする。勝姫はどうなの?」

「私はしおちゃんに賛成だな〜」

「聞く相手を間違えた。親公認の勝姫に聞いても意味ないわ」

「ふふふ、かぐちゃん気づくの遅い」

「はぁ、輝姫かぐやにもついに彼氏ができんのか〜私だけ行き遅れじゃん」

「ちょっと、落ち込まないでよ、乙姫。人生これからだよ?」

「そうそう、おとちゃんなら大丈夫!」

「リア充に言われても余計傷つくんだけどー」

 カフェテリアに、軽やかな笑い声が響く。

「それより乙姫、うみ、なんか言ってた?」

「ちょっと、人が真剣に悩んでるのにそんなことって、悲しいんですけど〜教えてあげないよ?」

「ちょ、ごめんて。それだけはカンベン」

 乙姫は輝姫かぐやのDOUWAプリンスのメンバーの一人で、お兄ちゃんポジションな浦島海斗の従姉妹に当たる。

 そのため、時々ファンレターやプレゼントの感想を海斗から直接聞いて教えてくれることがあるのだ。

「喜んでたよ。毎年ありがとうって伝えてって言ってた」

「はぁ〜!幸せ‼︎」

「はいはい。推しが尊い話は後で聞くから、ラブレターの話の続き!何でこうなったの?」

 乙姫が声を潜めて、満面の笑みで問いかけてくる。

 彼女の大好物は恋バナの類い全て。

 詩織や勝姫に彼氏ができた時と同様、輝姫かぐやは大衆の前でこれまたコソコソと祖母との会話の一部始終を語ることになった。


 ***


「じゃ、またね〜」

「結果、報告してよね!」

「かぐちゃん、また明日ー」

 全てを知った三人のニヤニヤと締まらない顔に見送られ、輝姫かぐやは家路を急ぐ。

 家に帰って着替えを済ませると、すぐにインターホンが鳴った。

 やがて、日当たりのいい畳敷きの居間に石山、車持、右部、大納言、麻中が庭を背に並んで座り、その正面に輝姫かぐやが座る。

 六人が正座で座る空間は、少しずつ張り詰めていく。

 背中を伝う汗は、緊張なのか、梅雨真っ只中の湿気のせいか、誰も分からない。

 そんな空気を割くように、輝姫かぐやが口を開いた。

「一日に何通もくるラブレターの送り主を牽制するために、あなたたち五人の中から私の彼氏を選ぶことにしました」

 部屋の緊張感と期待感が増していく。

「そこで、」

 ゴクリ、と五人が唾を飲む。

「あなたたちには、私の推しのグッズを集めてもらいます‼︎」

「「「「「……え?」」」」」

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