第46話 簡易版 空飛ぶ絨毯ができました


 その頃、エミリたちは、コーヒー豆を探しに魔法の絨毯で飛び立とうとしていた。


「あの、狭いなって思うんですけど」

と言うエミリに魔王は言う。


「このサイズのものしか動かせないのだ。

 仕方なかろう」


 魔王は約束通り、エミリに魔法の絨毯を作ってくれていた。


 いや、魔法の絨毯というか。


 ルーカスから買った絨毯を魔王が飛ばしてくれるだけなのだが……。

 

 動力源が魔王なので、エミリ一人では、飛ぶことはできない。


 魔王も一緒に乗らねばならないのだが、絨毯は狭く小さく、二人で乗ると、ぎゅうぎゅうだ。


 ようやく立てるくらいの広さしかない。


 エミリは知らなかったが、実はこれはレオの入れ知恵だった。


「魔王様、魔王様。

 せっかく魔法の絨毯を作られるのなら、エミリ様と二人、ぴったり寄り添うようにして、空の旅をお楽しみになってはいかがでしょうか?


 ルーカスに小さな絨毯を用意させ、これくらいしか動かせぬというのです。


 あっ、もちろん、魔王様がこの城だって動かせること、存じておりますけどね」


 気を利かせてそう言ったレオの頭の中では、二人はお互いを見つめ合い、狭い魔法の絨毯の上に立っていた。


 レオは更に妄想する。


 後ろから魔王様がエミリ様をお支えになってもいいな。


 そう思うレオの頭の中では、魔王がエミリの後ろに立ち――


 現代の人間が見たら、


「……タイタニック?」

と呟きそうなポーズをとっていた。


 タイタニックな感じに魔法の絨毯の上に立つ美しいエミリと堂々たる魔王。


 二人の前には、美しい夕焼け。

 いや、エミリと魔王自身が夕焼けの中に浮かんでいる感じだ。


 完璧だっ、とレオは思っていた。


 この状況なら、必ず、エミリ様は魔王様と恋に落ちられるに違いないっ。


 だが、待てよ。

 エミリ様が空飛ぶ絨毯の上に立つのは怖いとおっしゃるかもしれないな。


 その場合は、魔王様がお座りになり、エミリ様がそのお膝にお座りになられるのもよい。


 レオの妄想の中。

 エミリは魔王の逞しい胸に背を預け、夕陽を見つめていた。


 そのエミリの髪が暖かな風に棚引き、魔王の鼻先をくすぐる。

 魔王がそれをそっと手で押さえると、エミリが魔王を振り向いた。


 穏やかな夕暮れの光にきらめく瞳と瞳。

 二人は極自然に見つめ合う。


 完璧だっ、とまた、レオは思った。


「エミリ様」


 レオが笑顔で絨毯の乗り方を提案しようとしたとき、エミリが絨毯を指差し、問うた。


「魔王様、上と下、どちらがよろしいですか?」


「は?」

と魔王とレオが訊き返す。


「一人が絨毯の上に乗り。

 もう一人が絨毯を手でつかんでぶら下がったら、よいではないですか」


「いやいやいやっ。

 何故、そうなるのですっ」

とレオが叫び、ルーカスが、


「いやそれ、下の奴、拷問だろ」

と言い、魔王が、


「わかった。

 私がぶら下がろう。


 お前に男らしいところを見せるいい機会かもしれん」

とそのまま懸垂けんすいでもやり出しそうな勢いで言う。


「おやめください、魔王様っ」

とレオが止めたとき、エミリが言った。


「いえいえ、魔王様。

 言い出しっぺは私です。


 私が下になりますよ」


「エミリ様もおやめくださいっ」

と叫びながら、レオは思っていた。


 ……ベンチの時も思ったが、エミリ様といい雰囲気になるのは、魔王様と言えど、なかなか難しそうだな、と。




 

「それでは行って参ります」


 みなに挨拶し、エミリと魔王は何とか魔法の絨毯に二人別々に腰かけ、ふわりと空に舞い上がった。


 お互い背を預け、反対側を向いて座る感じだ。


 レオは、これではお互いの顔が見えないではないかっ、と思っていたが。

 魔王はエミリと背が触れ合うだけで、ときめいていた。


 一方、エミリもまた、


 うーん。

 やっぱり魔王様の体温を感じるなあ。


 こういうところは人間っぽいんだよな、とちょっぴり緊張していた。


 できるだけ、魔王から離れようとする。


 舞い上がった絨毯は、最初は高度が低かったのだが、どんどん上に昇っていった。

 岩山のような魔王の城が小さく見える。


 城の外で見守るみんなが、おお、という感じにこちらを見つめていたが。

 その姿もどんどん小さくなっていった。


「素晴らしい眺めですね、魔王様」


「おお、そうか」

 機嫌のよい魔王の声が背の向こうから聞こえてくる。


「夕暮れどきになると、きっともっと美しいぞ」


「楽しみですね。

 ありがとうございます。


 もうちょっと大きかったら、みんなも乗れたのに」


「そうか。

 ……そうだな。


 そうするか?」

とちょっと寂しそうに魔王が言った。


「あ、すみません。

 これ以上の物は動かすのは大変なんでしたね。


 お疲れになりますよね」


「そんなことはないっ。


 ……うん。

 そんなことはないのだ。


 すまない。

 すべて嘘だ。


 私はお前と二人で空の旅に出たかったのだ」


 ほんとうは城ごと飛ばせる、と白状する魔王にエミリはちょっと微笑んだ。


 眼下に広がる美しい山々を見下ろしながらエミリは言った。


「……絨毯飛ばしてくださって、ありがとうございます、魔王様

 とても楽しいです」




 怒られるかと思った。


 魔王はちょっとビクビクしながら構えていたのだが。


 エミリは微笑み、ありがとうございますと言ってくれたようだった。


 なんという、よい娘だっ。

 このような伴侶を持てて私は幸せだっ。


 いや、未だ、正式に伴侶となってくれてはいないのだが!


 それにしても、なんだろう。

 この今まで味わったことがないような、ほこほこした気持ちはっ。


 魔王がこのような穏やかな気持ちになってよいものかどうかわからないが。


 人間はきっとこのような時間を持ちたくて、結婚しようとするんだな、と思う。


 魔族の寿命は長いので、つがいになる事はあるが、永遠に一緒、ということはなかなかない。


 自分の血族さえ作れば、それでもう用はない、と考えるものも多い。


 ……そもそも、分裂して増えたりするやからもいるしな。


 そんなに急いで産み育てなくてもよいので、急いで相手を探すこともないし。

 そんなこと、生きる上で、重要なことだとも思ってはいなかったが。


 私は今、幸せだ。

 いいのだろうか、とつい、思ってしまったとき、エミリが下を見て言った。


「あ、王宮が見えます」


 エミリが住んでいた砂漠の国の宮殿が下にキラキラと輝いて見える。


 白い石造りの建物や、宮殿の金で装飾されている部分が光って見えるようだった。


「降りてみるか?」

と魔王は訊いた。


「そうですね。

 コーヒー豆の情報を得たいですし。


 ルーカスもよくは知らなかったようなので。

 博識なセレスティア様がいらっしゃるといいのですが」


 うむ、と言いながら魔王は元気がなくなった。


 行くのは良いのだが、里心がついて帰ると言い出さないだろうか。

 魔王はそんな心配をしていたが、


 そもそもここはエミリの里ですらなかった。


「おや?

 王宮の外にたくさん人が出てますね」

とエミリが身を乗り出す。




 アイーシャたちのことで、みなが外に出ていたことをエミリは知らなかった。


 彼らの頭上に、ふわりとエミリたちの絨毯が現れると、みながざわめく。


「あれはなんだっ?」


「絨毯ではないかっ?」


「絨毯っ?

 誰かが干していたのが、飛んだのかっ?」


「空中を浮遊しておるぞっ」


「待てっ。

 あれはエミリ様ではないかっ」


 上から見下ろしているエミリに気づき、重臣たちが騒ぎ出す。


「おお、神の子よっ」

「エミリ様っ!」


「エミリ様が飛ばしておられるのか、この絨毯をっ」


「いや、もう一人どなたか乗っておられるぞっ」


 魔王が高度を下げたせいで、後ろに座っていた魔王もみなに見えたようだった。


 いや、最初からなんか足っぽいものがぶら下がってるな~とは思っていただろうが。


「エミリ様と一緒におられるあの立派な方は誰なのだっ」


 そんな誰かの叫びに応えるように、芝居がかった口調で、ロンヤードが叫んだ。


「あれこそが偉大なるエミリ様の夫の魔王様であらせられますぞっ」


 そんな人間たちを見下ろし、魔王は呟く。


「あの『偉大なる』は何処にかかってるんだろうな……」


 私か? お前か? と。


 さあ~? とエミリが苦笑いしたとき、重臣の一人が叫んだ。


「なんとっ。

 魔王様直々にエミリ様のために魔法の道具を動かし、ここまでお運びくださるとはっ」


「まるで魔王様が御者ではないかっ」


 なんと言うことだ!


 エミリ様のお力凄すぎるっと、みな何故かエミリの方に感服する。


 そのとき、みんなと共に上を見上げていたアイーシャが叫び出した。


「あれが魔王様っ!?

 レオ様より素敵だわっ。


 いいえ、レオ様も捨てがたいわっ」


 ……何故、いきなり、レオは捨てられようとしているのだろう、とエミリが思ったとき、そこに更に割って入ってきた者がいた。


「おお、あのときのっ。

 やはり、あなたがエミリ姫なのですかっ。


 我が姫よっ。

 魔王にとらわれのあなたをっ、今、助けに参りますぞっ」


 なんか絵本に出てくる王子様っぽい人が叫んでいる。


「……誰?」


 そして、助けに参りますぞって、こっちから来たんだが……と思いながら、エミリは、その王子っぽい人のつむじを見下ろしていた。






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