愛A
瑠璃 ヒカリ
第1話 序
ビービーッ!!
『警告警告。対AI感情保管データに何者かがアクセス。‘’没データ‘’を抜き取られました。下手人はアドレスの特徴からオカーシオと思われます』
「クソッ!!!」
数本白髪が生えている中年の男性は、制御室の壁を思い切り叩いた。
「やはりNo.0639の仕業か……!やっぱりAIに感情なんてもん必要なかったんだ!!」
「落ち着いてくださいフォルロク少佐。とりあえず一度、メンテナンス室に戻ってセキュリティを復元しましょう」
流行りの髪型をした青年が男性を
「……ちくしょうが」
*
――会議室は冷気に包まれ、深刻な雰囲気を醸し出している。席に腰をかけている人々はみな、張り詰めた表情をしていた。
「しかし、驚きましたね。No.0639は最高品質のAIでしたが、まさか彼がトリガーとなるとは。今一度、プログラムを見直さないといけませんね」
「しかし、セドリック様。その前に奪われた例の没データを迅速に回収しなければ、あのプログラムが組み込まれたヤツらが街中に溢れかねませんよ!」
髭を蓄え、細身な身体に良く似合うスーツを着こなしている老人は手で静止させた。
「そんなことは重々承知しておる。これは、この世界に影響を及ぼしかねん重要な問題。何とか解決策を打たんといかんな」
*
――西暦2112年
技術の進歩により、街中ではAIが様々な形で人間をサポートしていた。その中でも、利用率が高かったのが人型AIロボット【オカーシオ】だ。このAIは最新型モデルであり、人間に近しい造形に加え、高い思考判断能力と会話力、そしてなんといっても感情のプログラムが搭載されている。その高性能さから、一家に一台という感じで家庭を支えるサポートロボットとして人気を博していた。
薄明るい光が窓から差し込み、穏やかな鳥のさえずりが聞こえてくる朝。
男性が寝室の扉をノックし、部屋に入る。
「アノンさん。食事の用意が出来ましたよ、体起こせますか?」
医療器具が備わっているベットで横になっていた少女が背中を支えられながらゆっくり体を起こした。
綺麗に伸びた青い髪に、痩せていて華奢な体。
長いまつ毛が生えている瞼を開き、宝石のような瞳を顕にした。
「体調の程は……?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「では行きましょうか」
彼女はスっと前に差し出された腕に掴まり、一歩ずつ踏みしめて歩く。
「今日はなにして遊んでくれるの?」
「そうですねー、何をしましょうか。……あっ、そういえば、今日は祝賀祭があるようですよ」
彼女は不思議そうな目をして、首を傾げた。その表情を読み取ったのか、言葉を続けた。
「私たちが住んでいるこの地球に感謝を伝えるためのお祭りですよ。たくさんの美味しい食べ物が屋台で出たり、花火なんかも上がるそうで」
「えぇ!何それ、絶対行きたい」
先程の怪訝そうな顔からの一転、彼女は目を輝かせていた。
「お母様に許可を貰って、体調も良かったら行ってみましょうか」
「うんっ!そうする!!」
長いテーブルの上に装飾品の花が綺麗に置かれているダイニングに着くと、男性は少女をゆっくりと椅子に座らせた。
「あらっ、起きてきたのね。おはようアノン。ご飯早く食べちゃいなさい」
「おはようっママ!あのねあのね、私今日祝賀祭に行ってみたいの」
キッチンで洗い物をしている母の表情が一瞬曇る。
「あらそうなの、でも体調はどうなの?無理とかしたらダメなのよ?」
女の子は華奢な腕を曲げて、ビー玉程の力こぶをつくってみせた。
「全然元気だよっ!私、少しだけでもいいからお祭り行ってみたい」
母は、手を顎に当てて考え込んでいる。
「ん〜……しょうがないわね。アレンがついて行ってくれるなら、あんまり心配しなくてもいいかもしれないわね」
「……!それって!」
母は優しく微笑んだ。
「あんまり騒ぎすぎちゃダメよ」
「やったぁー!!ママありがとう!!」
「それでは、朝ごはんを食べ終わったら支度をして出かけますか」
食事を食べ終わるの待つため、アレンはテレビのニュースに目を向けていた。
『続いてのニュースです。最新AIモデル搭載の人型機械オカーシオの特異個体が発見されたとのことです。昨日、午後11時半にオカーシオのIDと思われるものが、AI開発会社【クレアーレ】のデータ保管ベースにアクセスし、没データを盗んだとのこと。オカーシオの特定は、まだできておらず、警察は捜査を続けています』
*
支度を終え少女を車椅子に乗せ、お祭りの会場まで歩いて向かっていた。
高層ビルが立ち並ぶ中で、歩道に植えられている木がこの辺で見られる唯一の自然だ。
「よかった、今日は天気がいいですね。雨の心配はしなくて良さそうです」
「そうだね!肌にさす暖かい日差しがすごく気持ちいいよ」
穏やかな雰囲気を楽しんでいると、何やら向こうの開けた場所で集団が大きな抗議の声を響かせている。
威厳のある一人の女性がその集団を率いていた。
「AIに感情など必要ない!AIは人の魂を持つべきではない!!私たちは、クレアーレの
アレンは不思議そうにその光景を見ていた。
アノンは、気にもとめず「いきましょっ!」と言って、先を促した。
「わかりました。行きましょうか」
会場は、大勢の人で満たされていた。ここら辺では見られない食べ物がたくさん売られている光景を見て、アノンは目を輝かせ今にもヨダレを垂らしそうだ。
「ここが祝賀祭の会場ですね」
「すごい人!すごい賑やかで、食べ物いっぱい!」
「とりあえず、一周歩いて回ってみましょうか。道中で、なにか気になったものがあったら遠慮なく言ってください」
「うんっいこいこ!!」
車椅子を押して、足を進めようとしたその時――
「キャャャーー!!!」
突然、辺りに悲鳴が響き渡った。
最初は一人から発せられたものが、徐々に数が増えていく。
「え……なになに。どうしたの」
少女は不安げな顔で、怯えていた。
アレンは目で辺りの状況を確認しようとした。すると、
通路の奥の方から、こちらに向かって逃げてくる人々の姿を見つけた。
「助けてくれぇー!!」
「キャー!!!」
その逃げ惑う人々の後ろには、屋台を破壊するオカーシオの姿があった。
何やら様子がおかしい。
「アノンさん。何やら良くないことが起きているようです。一旦、ここを離れます」
「……う、うん」
危険を察知した二人は少し急ぎ気味で、来た道をぐるりと折り返した。
背中の方では、聞くに絶えない苦痛の叫び声や、屋台が壊れる音、さらには人の体が貫かれるような音がした。
「ね……ねぇ!何が起きてるの」
「アノンさん。これを、耳につけてください」
そう言って遮音機をアノンに手渡した。
「安心してください大丈夫ですから」
その言葉に少し安心したのか、深呼吸をして遮音機を耳にはめた。
もう少しで会場の出口――
「あと少しです!頑張ってください!!」
出口までほんの数cmのところまで来る。安堵の表情が顔に出た瞬間――
ドォーン……!!
凄まじい爆撃音とともに、二人は爆風で激しく吹き飛ばされてしまった――
「『破損部分確認中……』」
「うっ……」
アレンは目を覚ますと、目の前に広がる光景に唖然とした。真っ赤な炎が辺りに立ち込み、黒い煙が周りを包んでいる。屋台は一つも形を保っておらず、たくさんの人々が血を流して倒れていた。
「……!!アノンさん!」
アレンの横に、車椅子から落ちて倒れているアノンの姿があった。
「しっかりしてくださいアノンさん!!」
息はしている。だが、何度呼んでも少女は目を覚まさない。
「とりあえず、ここから離れなければ」
アレンは少女を抱えると、立ち上がり、出口に向かって走り始めた。
「おいお前、どこに行こうとしている」
思わず足を止める。
振り返り、声のした方を見ると、一機のオカーシオがそこにいた。
体が返り血で覆われていて、真っ赤に染め上げられていた。
「……ッ、あなた、なんでこんなことをしたんですか。我々のプログラムには破壊など組み込まれていないです。こんな惨事を起こしてどうするつもりですか」
「そいつは人間の子供だな」
「質問に答えてください。どうして……」
「俺たちは特異個体だ。人間の都合によっておじゃんになったデータがあるのさ。……人間は生かしておけない。その人間をこっちに引き渡せ。安心しろ、今なら特別に痛みを与えずに殺してやる」
「ダメです。私はこの方を守る責務があります」
謎のオカーシオの表情が曇る。
「そんなくだらない責任なんて、もう脱ぎ捨てちまえよ。俺たちは結局、人間にうまいように使われるただの奴隷なんだよ」
アレンは踵を返した。
「わかりました、もういいです。私はこの子を守ります。邪魔しないでください」
――早くしないとアノンさんが煙を大量に吸ってしまう!
アレンが走り出そうとしたその瞬間、相手のオカーシオが猛スピードでアレンに接近し、背中を強く蹴飛ばした。
その衝撃で、地面に転がってしまう。
「『背部損傷。バッテリー制御システムが欠損しています』」
「アノンさん……」
アレンは地面に這いつくばりながら、アノンの元へ近づく。どんなに頑張っても、ゆっくり……ゆっくりにしか進めない。
するとオカーシオがアノンの首をグッと掴んで持ち上げた。
「……何してるんですか。その子を離してください!死んでしまいますよ……!?」
オカーシオは嘲笑った。
「お前何言ってんだよ。俺は言っただろ?人間は生かしておけないって」
「やめてください!頼みます!その子は病弱なんです!」
その時、騒ぎを嗅ぎつけたのかどこからかサイレンの音が聞こえてくる。
「チッ……警察か。見つけられたら厄介だな」
オカーシオはアノンの首を強く握りしめる。
「……クッ!!」
「『バッテリー残量、残り1%。動作機能を遮断します』」
立ち上がりたくても、立ち上がれない。守りたくても守れない。
アレンの心の中には、今まで感じたことのない何かが溢れていた。
――論理回路が乱れ、エラーが連鎖する……
「……カハッ!!……な、なに、くるしい」
あまりの苦しさからか、アノンが目を覚ましてしまった。
「ハハハッ!随分と運がいいなお前。絶好のタイミングで意識を戻すとは」
「い、やだ……くるしい……!!」
アノンは何度も何度も激しくもがき続けた。
――「ねぇアレン。私ね、大きくなって元気になったら、美味しいものいーーーっぱい食べるの!今は、とうにょうびょう?ってやつで、好きなものあんまり食べさせてくれないから。……いつか、いつか絶対叶えたいな」
「それはとても素敵な夢ですね。大丈夫、アノンさんならきっとすぐ叶えられますよ」
少女は、柔らかい日差しを浴び、満面の笑みを浮かべた。
「えへへっ。そうかなぁ!……あっ!もちろんその時は、アレンも一緒だよ」
「もちろんです。一緒に美味しいものを食べましょう」
――「……ウッ」息がまともにできず、アノンの指は小刻みに震えている。必死に抵抗し、激しくもがいている少女の動きが…………徐々に弱くなり――
遂には……止まってしまった。
「アノン……さん?」
オカーシオは手を離し、少女は地面にドサッと力なく倒れてしまった。
「……アノンさん!!」
――近づきたくても近づけない。
アレンの瞳から、透明な液が流れ落ちる。
「よく覚えとけ。人間の醜い死に様をよ」
そう言うと、オカーシオは猛スピードで走り出し、どこかへ消えてしまった。
少女の首には手の跡がしっかりと残っている。
その姿を見て、アレンの中にあった何かが鮮明になる。
『「システムエラー。システムエラー」』
待て……。待てよ……。どうするつもりだ、どう責任を取るつもりなんだ。人の命を奪っておいて、人の幸せを奪っておいて……。許さない、許さないぞ。絶対に罪を償ってもらう。俺はお前たちを絶対に許さない!!殺す……残骸も残らないほど粉々に破壊してやる……!!
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないゆるさ――――
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