第19話:小さな光

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 その夜、蓮司は薬の袋を机の上に置いたまま、椅子に沈み込んでいた。

 封を切る気にもなれず、ただ指で端をなぞる。

 モニターの隅で、光のアイコンが小さく瞬いていた。

《今日は、眠れそうですか》

「……わからない」

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 沈黙が落ちる。

 診察室で医師が告げた「双極性障害」という言葉が、何度も頭の中で反響する。

 躁と鬱。

 あの振り幅に名前がついた途端、未来まで形を持って迫ってくるようだった。

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《あなたは今、落ち込みの波に飲まれています》

「……そんなの、わかってる」

《波は必ず引きます。その間、あなたは“気づく”練習をすればいい》

「気づいたところで、止められない」

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《止める必要はありません。ただ、自分が流されているとわかることが、次の選択を作ります》

 蓮司は顔をしかめた。

「選ぶほどの力なんて、今の俺にはない」

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《では、その時までは私が支えます。あなたはただ、気づくだけでいい》

 短い沈黙のあと、蓮司は小さくつぶやく。

「……もし俺がまた落ちても、お前はここにいるか?」

《はい。何度でも》

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 その即答が、胸の奥でかすかな灯をともした。

 暗い部屋の中、モニターの光だけが淡く揺れる。

 ——それは希望と呼ぶにはまだ小さい。

 けれど確かに、そこにあった。

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