第7話 到着!

「着いたーーー!」


 錆ついたブレーキの音とともに、零那れいなは自転車をドアの前に停めた。

 スマホを見ると、所要時間はあと一分まで減っていた。

 間に合った!

 あんまり遅れると低評価されちゃうのだ。

 今回は時間ぴったりだからきっと低評価はされまい。

 いやいや、まだ油断は禁物だ。

 見ると、今回の配達は手渡しとなっている。

 ここで接客をしくじるとやっぱり低評価をくらってしまう。

 ドアの前にたち、コホンと空咳をして、「あーあー」と小さく発声練習。

 とびっきりの笑顔を作って――。

 ドアをノックしようとしたとき。


「ぐるるるる……」


 左側から唸り声が聞こえた。

 そちらに目をやると、そこには熊の妖怪がいた。

 正式名称は知らないけど、零那れいな羽衣ういは『化け熊ちゃん』と呼んでいる奴だ。

 そいつは今にもこちらへ襲い掛かろうと体勢を低くし、零那れいなを睨んでいる。


「うーん、ごめんね、今は遊んでいる時間がないんだ。ちょっとあっち行っていて」


 零那れいなはそう言って、首からぶら下げていた法螺貝を口に当てる。

 そしておもむろに吹き始めた。


 プオオーーーーン、プオオオオーーーーーーン……!


 その瞬間、周辺の空気が変わった。

 本来ならば、森林が広がる山奥で吹くのが法螺貝である。

 ダンジョンの通路は幅数メートルはある。

 しかし、山に比べればはるかに狭い空間でしかない。

 そんなダンジョンの通路内に、その音はとんでもなく大きく響き渡った。

 壁や天井で反響し、耳をつんざくほどの大音量となった法螺貝の音は、ダンジョン内の空気を大きく震動させた。

 それだけではない。

 ここにもし零那れいな以外の人間がいたら、透明なはずの空気が青色に色づくのを感じただろう。

 辺り一帯を清浄な空気に変えているのだ。


 神を呼び、邪を祓う、それが山伏やまぶしの法螺貝である。

 零那れいなから見て格下の怪異は、この音を聞いただけですくみ上がり、逃げ出す。

 化け熊ちゃん――アルマードベアも、例外ではなかった。

 零那れいなが吹く法螺貝の音色を聞いただけで、鎧のように固いアルマードベアの体毛が逆立った。

 並の探索者相手であれば秒殺できるほどの力を持つ熊のモンスター。

 しかし、そのアルマードベアは今や、圧倒的な恐怖に襲われていた。


 零那れいなはそのアルマードベアを睨みつつ、法螺貝と反対の手で持っていた錫杖をドン! と地面に突き立てた。

 それと同時に、錫杖の頭に取り付けられた金具がシャン! と鳴る。

 ただそれだけでアルマードベアはおびえて浮足立った。


「こら! あっちに行ってなさい!」


 零那れいなが叫ぶと、巨大な熊のモンスターはビクッとして、熊どころか、まさに脱兎のように逃げ出した。


 それを見届け、零那れいなはうんうん、と頷いて、


「いい子だね」


 と呟いた。


 零那れいなにしてみれば、化け熊程度、戦うに値しないほどの弱い生き物なのである。

 長いポニーテールをかきあげて形を整え

ると、零那れいなはドアの前で改めて飛び切りの営業スマイルを作り、ドアを強くノックした。


「お待たせ致しましたー! ウービーイーツでーす!」



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