第7話

「だぁー! ふりょおおおお! たばこ吸っちゃダメじゃないですか!」

「たばこじゃないよこれ。ヤニ入ってないから」

「フリョー! フリョー!」

「いや聞いてる? これベイプだから」

「べいぶ? ってなんですかあの子豚のやつですか? なんだかわかんないですけどそんな煙出てたら一緒じゃないですか」

「煙じゃなくて水蒸気だから」


 フツーの私には違いがわからない。

 屋上でタバコとかそんなザ・不良みたいなことするなんて。


「母親が吸ってたから、どんなもんかなって一つくすねてきたんだよね。ほら、フツーちゃんも吸ってみる?」

「結構です」

「試しに試しに」


 先輩は吸い口の先端を私の唇に向けてくる。

 まずい。フリョーの道に引きずり込まれる。

 

 けど漂う香りは全然タバコではない。

 甘いぶどうみたいな匂いがする。ちょっとおいしそう。


「まあまあ、お菓子みたいなもんだから」

「本当ですか~? いや、でもそれ⋯⋯」

「あっ、もしかして間接キスとかになるってこと? フツーちゃん意識してるんだ? かわいい」

「は、はあ? べつにそんなのしてませんけど?」

「ふふ、フツーちゃんはかわいいなあ」


 ⋯⋯かわいいかわいい連呼されるとなんかバカにされてるみたいでイラっとくるんですが?

 危険なブツなんじゃないかって心配なだけで、間接キスがどうたらって誤解されるのは心外だ。


 私は先輩をひと睨みすると、ぱくっと吸い口に食いついた。

 見様見真似で息を吸い込む。

 

「甘い⋯⋯」


 鼻からりんごの風味が抜ける。駄菓子屋のガムにハッカがついたような味がする。思ったより悪くない。


「フツーちゃんめっちゃ吸うじゃん」

「⋯⋯これ、ほんとに合法なんですか?」

「いや聞き方」


 先輩は私の手からタバコもどきを取り上げると、自分の口にくわえた。

 

「はい間接キス~~。きゃ~フツーちゃんと間接キスしちゃった~」

「じ、自分の方こそ騒いでるじゃないですか!」

「んふ、フツーちゃん顔真っ赤だよ」


 顔は熱いけど、顔真っ赤ってそんなマンガのキャラじゃあるまいし。

 きっとおおげさに言って私をからかってるに違いない。


「⋯⋯先輩はなにがしたいんですか? どうしたらゴールなんですか?」

「あたし楠木奏空(くすのきそら)っていうんだけどさ。先輩、じゃなくて『そらセンパイ♡』って呼んでほしいのね?」

「質問に答えてくれません?」

「そらセンパイ♡ って呼んでくれないと質問には答えられません」

「⋯⋯そら先輩はなにがしたいんですか? どうしたらゴールなんですか?」


 そら先輩は銃で撃ち抜かれた人のように胸を手で押さえて体を丸めた。


「ウッ⋯⋯」

「だからなんなんですか! 話が進まない!」

「イイ⋯⋯。あたし『そら先輩♡』なんて呼ばれたの初めて」

「そんな媚び媚びなトーンじゃないですけど」


 そら先輩は急に真面目な顔に戻った。

 屋上小屋の壁に背をもたれるようにして、空をあおぐ。

 

「あたし、転校の儀式に失敗したみたいなんだよね」

「転校の儀式?」

「転校から周りに溶け込む流れっていうの? 転校するの初めてだったからよくわかんなくてさ。ナメられたらいかんなって入ってったら、なんか怖がられてるかも」


 先輩はタバコもどきをまた口に含んだ。けれど飽きたのかすぐにポケットにしまった。


「まぁ、群れるの好きじゃないからいいんだけどさ~~⋯⋯って強がってたんだけど、でも一人はちょっとさみしいかな~なんて思い始めてたところに現れたのが君だ。⋯⋯ってわけで付き合おっか」

「いやそれだけですか!? じゃあ私じゃなくたってべつに誰だって⋯⋯」

「フツーちゃん正直ドタイプすぎる。一目惚れかも。ガチで付き合いたい」

「は、はい!?」


 先輩は私の顔をじっと見つめる。それからほっぺを指でつまんでうにうにしてきた。

 一目惚れした相手にフツーはそんなことしないと思うんですが。


「それにやっぱ後輩っていいよね。ちょっと早く生まれたっていう理由だけで上に立てる理不尽な感じが」

「べつにそうとは限らないですけどね」

「中学の時は年上とばっかつるんでたからね。どっちかっていうとかわいがられる側だったけど」


 そら先輩がかわいがられる⋯⋯? さらに年上なお姉様に⋯⋯?

 いや、何を想像してるんだ私は。

 この人絶対S側のはずだ。いじめるほう。


「フツーちゃんのせいでかわいがるほうに目覚めたかもしれない」

「いやあの私、フツーなんで。その、同性とイチャイチャする趣味はないっていうか⋯⋯」

「えっ⋯⋯」


 えって、なんでそんな驚き顔?


「そら先輩は⋯⋯そういう趣味なんですか?」


 おそるおそる聞くと、先輩は無言で親指を立てた。なんなんだその笑顔は。


「じゃあわかった。適性試験しよう」

「はい?」

「あたしのハグでフツーちゃんがなんの反応もなかったら『あ、ないんだな』ってあきらめる。それですっぱり。いいでしょ?」


 顔をぐっと近づけてくる。いや近い近い。

 そのダメとは言わせない圧かけてくるのやめてくれませんか。


 けどまあ、なんか勘違いされてるみたいだし。こういうことは早めにはっきりさせておくほうがいい。先輩がそれですっぱりあきらめるというのなら。

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