第5話
◆視点:星野 命
『星創祭』への参加を宣言したものの、私の前には大きな壁が立ちはだかっていた。詩織の言った通り、星創祭はチーム参加が基本。そして、私のような『白紙』の生徒を、仲間に入れたいというチームは、どこにも存在しなかった。
「だから言ったじゃない、命ちゃん……。みんな、自分の評価ポイントを稼ぐのに必死なんだから、リスクの大きい人と組みたいなんて思わないよ」
寮の部屋で、詩織がため息混じりに言う。
私は、いくつかの専門課程のグループに声をかけてみた。古代紋様学の連中には「お前と組むメリットがない」と一蹴され、戦略論のクラスでは「君の行動は予測不能すぎて、作戦が成り立たない」と断られた。まあ、予想通りの反応だ。
「一人で参加するという選択肢はないのか?」
「一応、個人参加の枠もあるみたいだけど、過去にそれで優勝した人はいないって。やっぱり、チームでなければ成し遂げられないような、大規模な課題が出されるみたい」
「なるほどな。ますます面白くなってきた」
困難であればあるほど、燃えるというものだ。誰もやったことがないのなら、私が最初の成功例になればいい。
「まあ、チームが無理なら、一人でやるまでだ。一人で、他の全チームを叩き潰す。その方が、より伝説になるだろう」
私がそう言って不敵に笑うと、詩織は「はあ……」と、天を仰いだ。
その日の放課後、私は一人で作戦を練るために、中庭のベンチに座っていた。個人参加で優勝するための、突拍子もない計画。例えば、審査員全員を私のファンにしてしまうとか、他のチームの発表をすべて食ってしまうような、派手なパフォーマンスをするとか。
そんな馬鹿なことを考えていると、目の前にすっと影が差した。顔を上げると、そこには天沢要が立っていた。腕を組み、いつものように私を見下ろしている。
「やはり、行き詰まっているようだな。星野命」
「誰が行き詰まっているだと? 私は今、勝利への道を何パターンもシミュレーションしているところだ」
「その勝利への道とやらに、『チーム』という選択肢は含まれているのかね?」
「……あいにく、私という規格外の才能を受け入れられる、器の大きな人間は、この学園にはいないらしい」
私が皮肉っぽく言うと、要は「だろうな」と、あっさり頷いた。
「凡人には、君の価値は理解できん。だから、俺が道を示してやる」
そう言って、彼は一枚のデータシートを私に差し出した。そこには、数人の生徒の名前と、その星命図、そして簡単なプロフィールが記載されている。
「これは?」
「君が率いるべき、チームのメンバー候補だ」
要の言葉に、私は眉をひそめた。
「あんたが、私のためにチームを? 何の企みだ?」
「企みではない。合理的な判断だ。君を『鍵』として最大限に活用するためには、君にふさわしい舞台と仲間が必要だ。これは、そのための投資だ」
データシートに目を落とす。そこに並んでいたのは、奇妙な星命図を持つ生徒ばかりだった。
日野 陽太(ひの ようた)。星命図、『音響定位』。性格、極度の人見知り。
月島 静(つきしま しずか)。星命図、『物質同定』。性格、マイペースで探究心旺盛。
風間 隼人(かざま はやと)。星命図、『記憶再現』。性格、皮肉屋で協調性ゼロ。
「……なんだ、このメンバーは。はぐれ者の寄せ集めじゃないか」
「その通りだ。彼らは、その特殊すぎる才能ゆえに、どのチームからも必要とされていない。既存の枠組みでは、評価されない者たちだ。――君と、同じようにな」
要の言葉に、私ははっとした。私と、同じ。
「彼らなら、君という存在を、先入観なく受け入れるだろう。いや、むしろ、君のような規格外のリーダーを、求めているはずだ」
「……」
「どうする? このまま一人で無謀な戦いを挑むか、それとも、俺の提供する駒を使って、勝利の確率を上げるか。選ぶのは君だ」
要は、私に選択を委ねる形を取っているが、その瞳の奥には、すべてを計算し尽くしたような、自信の色が浮かんでいた。こいつの手のひらの上で踊らされるのは癪だが、彼が提示した選択肢が、魅力的であることも事実だった。
はぐれ者のチーム。システムの予測を超える、イレギュラーズ。面白い。実に、私らしいチームじゃないか。
「いいだろう。その話、乗ってやる。ただし、言っておくが、私はあんたの駒じゃない。私が、彼らのリーダーになる。そして、あんたは、私のための参謀だ。間違えるなよ」
「心得ている。俺の目的は、あくまで君を『北極星』にすることだ。そのための役割分担に、異論はない」
こうして、私と要の、奇妙な共同戦線が張られることになった。
翌日から、私は早速メンバー集めに奔走した。まずは、『音響定位』の日野陽太。彼は、いつも一人で、図書館の最も薄暗い書庫の隅にいるらしい。
情報通り、彼はそこにいた。分厚い本で顔を隠すようにして、縮こまっている。私が声をかけると、びくりと肩を揺らし、怯えた子犬のような目で私を見た。
「あ、あの、な、なんでしょうか……」
「日野陽太だな。私は星野命だ。単刀直入に言う。私とチームを組んで、星創祭で優勝しろ」
私のあまりに直接的な言葉に、彼は完全に固まってしまった。
「む、むりです……。僕なんかが、そんな……。僕の力は、何の役にも立たないって、みんなに……」
「誰がそんなことを言った? あんたのその耳は、他の誰にも聞こえないものを聞くことができるんだろう。壁の向こうの物音も、隠された機械の駆動音も。それは、とてつもない武器だ。他の奴らに価値がわからないだけだ」
私は、彼の目を見て、はっきりと言った。私の言葉に、彼は驚いたように目を見開いた。
「……僕の、力が……武器?」
「そうだ。私は、あんたのその力を必要としている。私と一緒に来い。私があんたの力を、学園中に認めさせてやる」
彼はしばらく俯いて何かを考えていたが、やがて、小さな声で「……はい」と頷いた。
次は、『物質同定』の月島静。彼女は、化学実験室に一人で籠もり、何やら怪しげな薬品を混ぜ合わせていることが多いという。
訪ねてみると、彼女はフラスコを片手に、目をきらきらさせながら、中の液体の色の変化を観察していた。
「君が月島静か。私は星野命だ。私とチームを組め」
「……へえ。あなたが、あの『白紙』の。噂は聞いてるよ」
彼女は、フラスコから目を離さずに答えた。
「私の力に興味があるの? いいよ。でも、私をチームに入れるなら、一つ条件がある。私の研究に、誰も口出ししないこと。私は、ただ、この世界のあらゆる物質の成り立ちが知りたいだけだから」
「望むところだ。あんたの探究心、私が星創祭で、思う存分発揮させてやる」
「……決まり。面白そうじゃん、あなたといると」
彼女はにやりと笑い、フラスコを置いた。意外と、話が早い。
そして、最後は、最も厄介だとされる『記憶再現』の風間隼人。彼は、誰ともつるまず、いつも屋上で空を眺めている一匹狼だ。
屋上のフェンスに寄りかかっている彼に、私は同じように声をかけた。
「風間隼人。私とチームを組め」
彼は、ゆっくりとこちらを振り返った。その目は、すべてを cynical に見透かすような、冷めた光を宿している。
「断る。馴れ合うつもりはない。俺の力は、他人の頭の中を覗き見る、気味の悪い能力だ。あんたも、そう思うだろ?」
「思わないな。それは、真実を映し出す鏡だ。嘘やごまかしが通用しない、最強の証拠になる」
「……ほう。面白いことを言う。だが、俺は、他人のためにこの力を使う気はない」
「自分のためでいい。あんたは、この学園のシステムが、退屈で仕方ないんだろう? 決められた未来、評価される才能。そんなもの、くだらないと思っている。違うか?」
私の言葉に、彼の表情が、わずかに揺らいだ。
「私と一緒に来い。この退屈な学園を、根底からひっくり返してやる。あんたが、一番面白いと思えるような、最高の舞台を用意してやる」
風間は、しばらく黙って私を見つめていたが、やがて、ふっと息を吐くように笑った。
「……いいだろう。そこまで言うなら、付き合ってやる。あんたが、どれだけ面白いものを見せてくれるか、特等席で拝ませてもらうぜ」
こうして、私、星野命が率いる、はぐれ者たちのチーム『イレギュラーズ』が結成された。
◆視点:天沢 要
俺は、中庭の木陰から、星野命がチームメンバー候補たちと接触する様子を観察していた。
俺が選んだのは、いずれも一癖も二癖もある生徒ばかりだ。普通のやり方では、まず心を開かないだろう。だが、星野命なら、と俺は読んでいた。
彼女には、物事の本質を、その人間の核となる部分を、直感で見抜く力がある。彼女の言葉は、論理的ではない。だが、だからこそ、理屈で固まった心を、こじ開けることができる。
日野陽太の劣等感を、彼女は『武器』だと肯定した。
月島静の探究心を、彼女は『自由』を保証することで満たした。
そして、風間隼人の諦観を、彼女は『退屈からの解放』という、彼が最も望むもので刺激した。
見事な手腕だ。俺が何時間もかけて論理的な説得を試みるよりも、彼女のたった一言の方が、よほど彼らの心を動かしただろう。
これが、彼女の『鍵』としての力。人々を惹きつけ、巻き込み、これまで眠っていた可能性を解放する力。
俺の計画は、順調に滑り出した。
チームは結成された。だが、これはまだ始まりに過ぎない。彼らのバラバラな才能を、一つの目的に向かって機能させるためには、明確な戦略と、それを実行するための訓練が必要だ。
星創祭の課題は、毎年、直前に発表される。だが、過去の傾向から、いくつかのパターンに絞り込むことは可能だ。探索、解析、創造。おそらく、これらの要素を組み合わせた、複合的な課題になるだろう。
俺は、彼らの才能が最大限に活かせるような、いくつかのシミュレーションを頭の中で組み立て始めた。
日野の『音響定位』で隠された情報を探し出し、月島の『物質同定』でその成分を分析する。そして、風間の『記憶再現』で、関係者から断片的な情報を引き出し、それらを統合して、答えを導き出す。
そして、そのすべての中心で、ハブとして機能するのが、星野命だ。彼女の直感が、どの才能を、どのタイミングで使うべきかを、的確に判断するだろう。
完璧な布陣だ。他のどのチームにも真似できない、予測不能な戦い方ができる。
俺は、自分の計画が、一つの生命体のように動き始めたことに、静かな興奮を覚えていた。
星野命。君は、俺が見つけた最高の『鍵』だ。
そして、俺は、その鍵を使い、運命という名の扉を開ける、唯一の人間だ。
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