【第十三話】「潜入」


 夜が更け、王都の城は静寂に包まれていた。

 だがその石壁の内側では、常に鋭い目が光っている。

 侵入者を許さぬ鉄壁――本来ならばそう呼ばれる場所だった。


 俺たちは、地下通路を抜けた先の隠し扉を開き、城の内部へと足を踏み入れた。

 ひんやりとした空気が肌を撫でる。

 何百年も続く王家の歴史が刻まれた壁画が並んでいたが、今はただの不気味な影に見えた。



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「……ここが、城の裏口か」

 俺が呟くと、アルトが頷いた。


「影時代に使った抜け道だ。表向きは存在しないはずだが……油断は禁物だ。見張りがいる可能性もある」


 ルナが小声で付け加える。

「……ここに入っただけで、反逆罪になるわね」


「分かってる。だが――魔王様の死の真相を知るためには、必要だ」

 俺の言葉に、二人も無言で頷いた。



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 城の廊下は、昼間の華やかさが嘘のように静かだった。

 遠くで兵の槍が床を打つ音だけが響く。

 俺たちは影のように壁際を進み、目的の場所を目指す。


「狙いは、王族の居住区か?」

 俺の問いに、アルトは低く答えた。


「いや、まずは“記録庫”だ。魔王との同盟、そして影の任務に関する文書が保管されているはずだ」


「記録庫……つまり証拠か」


「そうだ。だが厳重に守られている。普通なら近づくことすらできない」


 アルトの視線は鋭く、しかしその奥には焦りが潜んでいた。



---



 その時――背後から気配が走った。

 反射的に剣を抜くと、影の中から人影が現れる。


「やはり……アルト。お前は戻ってきたか」


 その声に、アルトの目が見開かれる。

 現れたのは、一人の女影だった。黒い装束に身を包み、その瞳は氷のように冷たい。


「……姉弟子……!」

 アルトが低く呟く。


「裏切り者を討つために来たのか、それとも……」

 彼女の視線は俺たちへ向けられた。

 その眼差しには敵意と、わずかな迷いが混じっていた。


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 姉弟子の姿は、夜の闇そのものだった。

 彼女は迷いのない足取りで近づき、鋭い刃を抜く。


「アルト。お前が“魔王の右腕”として動いていると聞いたとき、信じられなかった。だが……今なら分かる。お前はもう影ではない」


 アルトは短剣を握り締め、低く答える。

「そうだ。俺は魔王様の意思を継ぐ。人と魔族を繋ぐために生きる」


「……ならば、ここで斬るしかない」

 彼女の瞳に宿ったのは覚悟。

 刃が走ろうとした瞬間――



---



「待て!」

 俺は一歩前に出て剣を構える。


「俺たちは戦いに来たんじゃない! ただ真実を知りたいだけだ!」


 姉弟子の動きがわずかに止まる。

 その一瞬を逃さず、アルトが言葉を重ねた。


「姉弟子……俺は裏切ってなどいない。魔王様は人間と手を取り合った。その道を俺は継ぐだけだ」


「……影は道を選ばない。主に従うだけだ」

 彼女は一瞬だけ視線を伏せ、そして静かに刃を収めた。


「……記録庫へ行け。ただし、私が同行する。お前たちだけではたどり着けない」



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 俺たちは半信半疑のまま、彼女に導かれて廊下を進んだ。

 城の奥深く――重い扉の前にたどり着く。

 そこが“記録庫”だった。


「この扉を開くには、王族の血が必要だ。だが影である私は……」

 彼女が言いかけたその時、遠くから兵の足音が迫ってきた。


「チッ、見つかったか……!」

 アルトが短剣を構える。


 だが姉弟子は振り返り、短く告げた。

「ここで足止めする。お前たちは中に入れ。真実を確かめろ」


「姉弟子……」


「勘違いするな。これは忠義だ。私は影として王を守る……そして、裏切り者を監視する」



---



 彼女に背中を託し、俺たちは記録庫の中へと滑り込んだ。

 扉が重く閉じられ、静寂が訪れる。


 そこには無数の巻物や文書が並んでいた。

 歴代の戦争の記録、魔王との交渉文、同盟締結の書状……そして――


 ルナが震える声で呟く。

「これ……“魔王暗殺計画書”……?」


 机の上に置かれた一冊の文書。

 そこには、人間王家の紋章と共に、はっきりと記されていた。


 ――“影を使い、魔王を排除せよ”――


 俺たちは息を呑む。

 この瞬間、疑いは確信へと変わった。


【第十三話・完】

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